そらいろ新聞:ノーと言った日本人、小栗上野介忠順

江戸時代末期の人物、小栗上野介忠順。
幕末物の時代劇ではお馴染みの人物ですね。
埋蔵金伝説でも必ず名前の出てくる人物です。
「ウエノノスケ」じゃなくて「コウズケノスケ」と読みます。

歴史:三浦半島史跡名所巡り
歴史:小栗上野介忠順人物事典

「忠順」は「チュウジュン」じゃなくて、「タダマサ」と読みます。
でも、日本史を習った時期によって、読み方が違うことも多々あります。
政治家で元総理大臣の森喜朗は「モリヨシロウ」だけど、「モリキロウ」って呼ぶ人もいるし。

小栗上野介忠順には色々な話が残されていますね。
元々は小栗忠政の子孫で、旗本の人です。
咸臨丸の勝海舟に隠れちゃってますが、遣米使節団で活躍しました。
その活躍ぶりは、時代劇をご覧ください(^^ゞ

戊辰戦争では、徳川慶喜に徹底抗戦を訴えましたが、退けられて群馬県の倉渕村に行きました。
軍事力でははるかに幕府軍の方が上回っていましたが、軍事力だけでは時代の流れを止めることはできませんでした。
幕府の軍事力を良く知る小栗上野介だからこその、徹底抗戦論だったのだと思います。
そして、倉渕村では埋蔵金伝説が生まれました。
徹底抗戦を訴えたためか、江戸城に入っても金がなかったためか、新政府軍に斬首されてしまいました。

小栗上野介忠順の胸像は、ヴェルニー公園と、横須賀市自然・人文博物館にあります。
でも、博物館のページはまだ未完成(T_T)
ヴェルニー公園には、斬首された烏川の河原石もあります。
ただのゴロゴロとした石ではありますが、倉渕村から贈ってくれた河原の石です。
歴史:横須賀市汐入町・ヴェルニー公園

鳥羽・伏見の戦いで始まる戊辰戦争に関しては、こちらのページで詳しく解説しています。
彰義隊、白虎隊、新撰組なども登場します。
1868年-戊辰戦争

オマケのようなページですが、遣米使節団に関するお話もアップしています。
小栗上野介忠順、個人的には好きな人物の一人だったりします。
こういった人が、現在の政治家でいればなーなんて思ったりします。
歴史:咸臨丸こぼれ話


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このページは、ちーず。が2007年3月 8日 15:03に書いたブログ記事です。

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