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宝戒寺橋から撮影した、東勝寺橋です。石積みのアーチ状の橋だというのが良くわかります。
東勝寺橋は、鉄筋コンクリートが積極的に導入された震災復興期の1924年(大正13年)に建造されたアーチ構造の橋です。
太くて安定感のあるアーチリング、V字型の谷間との微妙なバランスなど、その美しい姿が多くの人に愛されました。
1999年(平成11年)、「かまくら景観百選」に選ばれました。
三浦半島の歴史:鎌倉市小町・宝戒寺橋 |
| 撮影:2007年02月28日 |
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意地と気合と根性で、川まで下りて写真を撮影しました。ところが、木が生い茂っていて、橋が見えない・・・。頑張ったのに(T_T)
滑川っていうくらいだから、川底は滑りそうなので、かなり怖かった(^^ゞ。良い子はマネをしてはいけません。
三浦半島の歴史:鎌倉市小町・滑川の風景 |
| 撮影:2007年02月28日 |
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普通に道路から撮影。アーチ状の形をした橋なんですが、普通の橋に見えてしまいます・・・
滑川も、このあたりの景観はなかなか綺麗ですね、自然との調和が図られていて、静かでいいですね。ここより上流に行っても、下流に行っても、護岸工事がなされていて、景観としてはあまり美しい川ではなくなってしまいますねー。 |
| 撮影:2007年02月28日 |
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東勝寺橋ひぐらし公園なんていう、とっても素敵な名前の付いた、とっても小さな公園です。石でできた一人用のベンチが2つ。
誰か一人でもいると、この公園には入りづらいですね(^^ゞ |
| 撮影:2007年02月28日 |
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京浜急行フリークには懐かしい気分にさせてくれる青砥藤綱の石碑。特急青砥行き!!青砥ってどこだろうってずっと思ってたけど、まだ行ったことがありません(^^ゞ
青砥藤綱は、北条時頼から北条時宗にいたるまでの約40年間、裁判官のような役目をする引付衆(ひきつけしゅう)を務めていた人物です。
ある秋の夕刻、青砥藤綱は滑川の橋の上で、銭13文を川の中に落としてしまいました。13文とはいえ、天下の財宝を失うのは残念だと、人夫数人を雇い、50文の松明を買って銭を拾わせました。雇われた人夫は悪知恵を働かせ、自分の腹掛から1文ずつ取り出して、川底から拾ったようにみせかけ、多額の謝礼と酒代をもらいました。
帰宅した青砥藤綱は、家人にこのことを語ったところ、落としたのは11文で13文ではないことを知りました。だまされたと気付いた青砥藤綱は、人夫を訪問し、罰として11文が出てくるまで、裸で滑川の川底を探させたといいます。
11文すべてが出てきた頃には、春になっていたとのこと。人夫が冬の間、裸で川をさらっていたことから、人々は滑川のことを、裸川と呼びました。 |
| 撮影:2007年02月28日 |
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