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僕がかつて行ったことのある腹切りやぐらの雰囲気とは、随分違うなーと感じました。以前はもっとたくさんの石塔があったはずなんですが・・・
北条高時の墓と伝えられる石塔があります。現在でも供養が行われていますが、石塔は寄せ集めで建てたものです。遺骨は釈迦堂ヶ谷(しゃかどうがやつ)に葬られました。
三浦半島の歴史:鎌倉市小町・宝戒寺(北条執権邸旧蹟) |
| 撮影:2007年02月28日 |
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鎌倉市内各地にある、鎌倉青年会が建てた石碑です。この右側の階段があるルートが、祇園山ハイキングコースとなっています。大町の八雲神社方面に続いています。
鎌倉幕府と、新田義貞の戦いに関しては、『太平記』に記載されています。
腹切りやぐらのある山を、屏風山(びょうぶやま)といいます。
三浦半島の歴史:鎌倉市大町・八雲神社
三浦半島の歴史:鎌倉市小町・東勝寺跡 |
| 撮影:2007年02月28日 |
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上の写真の右奥に見えるやぐら。足場がぬかるんでいて滑りそうだったんですが、頑張って登ってみました。内部はゴミが散乱していて、何もありませんでした。
やぐらは、鎌倉付近の山腹に残る墳墓です。この形式は鎌倉時代になって発生したものではなく、元になっているものは横穴式墳墓だと考えられます。
やぐらには、矢倉、櫓、磐倉などの文字を当てる人もいますが、これらの文字が示すやぐらは、武器庫や展望台になってしまいます。鎌倉にあるやぐらは墓窟で、内部には人骨があり、五輪塔、宝篋印塔、板碑などがあります。
やぐらは通常、山麓にありますが、ときには高い山頂にもあります。単独であるものから、複数、中には数百もの数のやぐらが集まっているところもあります。ほとんどは、誰の墳墓なのかもわかっていません。 |
| 撮影:2007年02月28日 |
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