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なぜか境内に生えている巨木を伐採している最中に訪れてしまいました。
祭神は瀧口五郎盛定です。以前は9月18日に祭礼が行われていましたが、現在は8月第一土日曜日に行われています。
瀧口盛定は、民部大輔藤原盛重の子として成長し、白河天皇に仕え、その後、高尾山に登って入道しました。
盛定は、後三浦氏の客人として平作に居住していました。
その郎党の捨平は、盛定が高尾山の神護寺へのお参りの帰りに拾われ養育していましたが、成長と共に慢心がつのり、主命に逆らって手打ちになるところを、海雲和尚の命乞いにより救われました。そしてこの久村に草庵で行を修めました。
ある日、捨平が老桜にからむツルを抜き取ると、清水が湧き出て滝となって流れ落ちました。以前から久村の住民は水不足に苦しんでいましたが、水の心配をすることが泣くなり、捨平が新田を開発して名主になりました。名を捨平から、瀧本盛兼と名乗りました。
盛兼は、老桜が枯れたおり、その木を使って主の瀧口盛定の像を彫り、ほこらを建てて水の神様として祀り、御滝権現としたと伝えられています。 |
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神社裏手にある石造たちです。久村にある小さなほこらたちを集めてきたのでしょうか。「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿が縦に居並ぶ石造もありました。
神社裏手には、滝の井戸と呼ばれる湧き水があるそうで、そこには不動明王が祭られています。
かつてはかなりの湧水量があったようで、水田のほかにも、アユの養殖場まであったそうです。しかし、次第に水不足となり、住宅も増えてきたことにより、養殖場は埋め立ててしまったそうです。 |
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御滝神社の境内で、非常にかわった庚申塔を発見しました。
縦に3匹の猿の並んだ庚申塔です。
通常ですと3匹の猿は、左側の庚申等のように下の方に彫られのが一般的です。ところが猿が3匹、しかも猿だけ。とてもめずらしいと思います。
右側も庚申塔だと思います。とても綺麗な彫刻ですね。 |
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