|
|
建築会社の駐車場脇にある庚申塔です。道路からだと車の影になってしまって見えないかもしれません。
近くには秀鳳流舞踏研究会って書いてあったのかな、そんなのがあったりします。なにをやっているところなのかはわかりませんが、非常に大きな家だったので気になります・・・
左側の庚申塔の下部には『齋藤』と刻まれています。斉藤さんが建てた庚申塔なのでしょう。連名で名前が刻まれることは多いのですが、一人だけというのは珍しい気がします。自分の名を残したかったのかもしれませんが、場所が会社の駐車場内のため誰もお参りをする人はいないようです。 |
| 撮影:2006年05月01日 |
|
|
|
住所は長沢ですが、YRP野比駅から行った方が近いです。京急線沿いの道のガケにポツンと1基だけ、建っています。少し触っただけで、ゴロンと落っこちてしまいそうですが、誰かがちゃんと管理しているみたいです。
相変わらず、オイラには何を目的に立てられたか良くわからない文字塔です。わかる人が見れば、すぐにわかると思いますが。
側面には寛政4年と彫られていました。正面には、「奉納大乗妙典」と彫られているっぽいです。人々の幸せ願って建てられたのではないかと思います。 |
| 撮影:2006年04月04日 |
|
|
|
長岡町内会館前にある小さな地蔵堂です。縁起については不明です。
右側の文字塔には「六十六部供養塔」と書かれてあります。
似たようなものに「廻国供養塔」などがあります。
これは全国66ヶ所を巡礼する旅を続けるものなのですが、もしかしたら、ここで行き倒れた遍歴者がいたのかもしれません。江戸時代以降に盛んに行われ、昭和になっても行われていましたが、実際には僧などではなく、乞食の物乞いが多かったようです。 |
| 撮影:2006年04月04日 |
|
|
|
なんとなく、長沢には庚申塔が多い気がします。どちらかというと、海側に多いという印象を受けます。もしかしたら、山側は農業がメインで人家が少なく、海側は漁業で人家が多かったのかもしれません。
マンションのすぐ近くにあります。
一番奥と二番目は、天保年間に建てられたようです。
奥から三番目の傘付きの庚申塔は、文政年間に建てられています。
文字だけの駒型塔は、青面金剛と刻まれていますが、いつ建てられたかまではわかりません。
一番手前の小さな石塔にいたっては、正面が削られてしまっていて、なんなのかすらわかりません(^^ゞ。なんとなく馬頭観音のような気もしますが・・・ |
| 撮影:2006年04月04日 |
|
|
|
長沢駅から本行寺に行く途中にありました。
一番左は、たぶん邪鬼を踏んでる不動明王が彫られていると思います。笠塔婆型です。
二番目は、三猿が2つ彫られている青面金剛だと思います。笠塔婆型です。
三番目は、文字だけが刻まれていて、庚申供養塔と彫られている駒型です。
四番目も、文字だけが刻まれていて、庚申供養塔彫られている駒型の庚申塔です。
五番目も、文字だけが刻まれていて、庚申塚と書かれた駒型です。
少し離れて小さな石塔は、角柱の馬頭観音です。やっぱり、文字だけが刻まれています。
右側のが、ちょっと謎の石塔で、祠型をしています。庚申塔とは違い、何かを祭っていたのかもしれません。 |
| 撮影:2006年04月04日 |
|
|
|
本行寺近くの駐車場の片隅に1基だけありました。駐車場の中にあると、車を止めるのも躊躇しちゃいますよね。
馬頭観世音と刻まれています。大正時代に建てられたもののようです。
ここのすぐ近くにも馬頭観音があったので、このあたりで馬が飼われていたのかもしれないですね。海が近いので、獲れた魚を馬や馬車で運んでいたのではないでしょうか。
農家の多いところでは、牛頭観音が多いようです。 |
| 撮影:2006年04月04日 |
|
|
|
熊野神社のすぐ下にある個人の家のわきにひっそりと建てられています。
稲荷は「稲」という漢字が示す通り、稲の豊作を願って建てられた神社です。その後、商業経済が盛んになり、稲の順調な生育が商業の発展と結び付けられ、稲荷は商売繁盛の神として祭られるようになりました。
この稲荷社も、商売繁盛を願って建てられたものだと思われます。規模も小さいですし、近隣住人によって個人的に祭られていたものだと思います。大明神といっても、小さな社です。 |
| 撮影:2006年05月01日 |
|
|
|
た、たぶん、稲荷大明神のわきにあった石造の社だったと思います。もしかしたら熊野神社の中にあったものかもしれません・・・
長年、風雨にさらされた時代を感じさせる姿が印象的だったので写真に撮りました。とても古い物ですが、ちゃんとお参りをしている人や、手入れをしている人がいるみたいです。
古き物を大切にする心遣いを感じることができ、少し嬉しくなります。 |
| 撮影:2006年05月01日 |
|
交通事故者供養塔 |
京急YRP野比駅下車 徒歩10分
 |
|
長沢川に架かる橋のすぐ隣に立つ交通事故者供養塔です。普通はお地蔵さんタイプの供養塔が建つんじゃないかなーと思ったんですが、墓石タイプだったので、変わっているなーと思いました。
もしかしてここは、交通事故の名所だったのかな?それを供養するために立てられたとか?
1960年(昭和35年)3月20日、地元の有志の方々によって立てられたようです。発起人のメンバーとして、岩崎、菱沼、藤堂、鎌倉の名が刻まれていました。 |
| 撮影:2007年01月19日 |
|
|
|