|
|
山号は南向山、宗派は日蓮宗、本尊は日蓮上人です。
1558年(永禄元年)、日咸上人によって創建されたといわれています。
1796年(寛政8年)に建てられた本堂は、関東大震災で倒壊し、その後は仮り本堂でしたが、1975年(昭和50年)に現在の本堂になりました。
裏山には三浦一族の埋蔵金が眠っていると言われています。ドングリがたくさん落ちています。
三浦半島の歴史:1923年・関東大震災 |
| 撮影:2006年04月04日 |
|
|
|
もともとは長井の大久保にあった童女菩薩地蔵を、大正11年にこちらに持ってきたものらしいです。そして、名前を浄行菩薩と改めたみらいです。
良く見てみると、不思議な格好をした地蔵菩薩ですよね。頭の上には王冠みたいなのを被っているし、服装もチマチョゴリのような感じだし。顔も耳の位置が微妙に違う気がするし、眉毛がつながってるし、目と目がかなりくっついるし、左右対称ではないんですよね。
仏像というよりは、実在の人をモデルにして作ったような印象を受けます。不思議な感じの地蔵菩薩です。どことなく野中広務に似てる気がする(^^ゞ。きっと別名を野中広務地蔵と言って、毒まんじゅうを食べてしまった時にご利益のあるお地蔵様なのだ。 |
| 撮影:2006年04月04日 |
|
|
|
このお寺にも、たくさんの石造たちが立ち並んでいました。お寺に奉納されたものなのでしょうか、宅地開発などが理由で近隣の石塔たちを集めたのか、無縁仏なのか・・・
あまりじっくりと見ていると、霊とかを背負ってしまうような気がするので、ちょこっと写真を撮らせていただき、すぐに退散しました。
小さなお寺なので、人がいること自体めずらしく、写真を撮っているだけで怪しい目で見られてしまうんですよねー。お参りもして、人がいれば挨拶もするんですが、仏教の現実はとっても閉鎖的です(^^ゞ |
| 撮影:2006年04月04日 |
|
|
|
長沢地区には、実に石塔が多いですねー。こんなにたくさんの石塔に出会ったのは初めてかもしれない。
本行寺にたちならぶ石仏たちの中の1つに、道祖神がありました。三浦半島では庚申塔は多いのですが、道祖神はめずらしいですね。
文正って書いてあるように見えたんですが、室町時代のもの?大正の見間違えかな?
字が示すとおり、道の神様です。集落の境界、集落の中心などに石碑や石像として祀られる神です。村の守り神、子孫繁栄、交通安全の神様として信仰されています。 |
| 撮影:2006年04月04日 |
|
|
|
お寺の中にある神社なのかな?昔の本堂だったにしては、ちょっと小さすぎますよね。
きっと、明治時代以前のものだと思います。なにかの神様を祀っていたものとおもわれます。 |
| 撮影:2006年04月04日 |
|
デーボコ坊の伝説 |
京急長沢駅下車 徒歩10分
本行寺内  |
|
かつて本行寺の付近に足跡の形をした池がありました。
昔々、富士の麓に「デーボコ坊」といって座れば一里四方がお尻の下になり、立てば胸のあたりに雲がたなびき、日本を53歩で歩いてしまうという、とんでもない大男がいました。だいだらぼっちのことでしょうか。
あるとき、房総半島へ渡ろうとして、目の前が広い海だと気付き、足に力を入れて対岸に渡りました。その時に踏ん張った足跡が池となり、近くの田畑は水の心配がなくなったそうです。
本行寺近くに、村岡堰という農業用の溜め池がありますが、伝説との関係は不明です。 |
|
|