そらいろネット > 三浦半島の歴史 > 横須賀市 > 猿島 > 猿島の風景
 猿島の風景

三笠公園からの猿島 京急横須賀中央駅下車 徒歩13分
 猿島
三笠公園からの猿島
三笠公園からの猿島
 三笠公園から見た猿島です。すぐ近くには猿島への定期航路、シーフレンド号の発着所があります。
 三笠公園から海上約1.7kmの沖にある、周囲約1.6kmの東京湾にある唯一の自然島です。三笠公園となりの発着場から10分くらいで辿り着けます。
 もともとは豊島(としま・十の島の意味とする説など)と呼ばれていました。1253年(建長5年)、上総から鎌倉を目指して船出した日蓮上人が嵐に遭遇し、沈没寸前のところ、お題目を唱えると白い猿が現れ、その案内で無事に島に上陸することができたといいます。その伝説から、猿島と呼ばれるようになりました。

三浦半島の歴史:横須賀市稲岡町・三笠公園三笠公園
三浦半島の歴史:横須賀市三春町・春日神社春日神社
猿島Webサイト|「シーフレンド号」に乗って東京湾の無人島「猿島」に行こう!株式会社トライアングル
撮影:2006年12月05日

うみかぜ公園からの猿島 京急横須賀中央駅下車 徒歩13分
 猿島
うみかぜ公園からの猿島
うみかぜ公園からの猿島
 平成町の海風公園から見た猿島です。見る方向が違うと、見える形も随分違いますねー。京急の電車内から見える猿島の形も、だいたいこんな感じじゃないかな?
 黒船がしきりに来航する1847年(弘化4年)、幕府が海防のためにこの島に台場として、3つの砲台を設けました。
 それ以来、1884年(明治17年)、陸軍の砲台が設置され、その後も第二次世界大戦が終了するまで要塞地帯となり、立ち入りも禁止されていました。
 戦後になり、公園として公開され開放されました。
 昭和23年の発掘以来、島の山頂部から縄文式土器片が、北側の崖の中腹にある洞穴からは弥生式土器片、貝殻、魚や鳥や獣の骨などが発見されています。焚き火をしていた薄い灰の層も見付かっており、原始時代にここに人が住んでいたことが確認されています。
 横須賀市三春町にある春日神社は、旧久郷村の鎮守で猿島にありましたが、1884年陸軍の砲台建造によって久郷村に移され、1909年に現在地に移されました。

三浦半島の歴史:横須賀市平成町・うみかぜ公園三笠公園
撮影:2007年02月16日
メインコンテンツ
家庭の医学
身近な植物図鑑
身近な昆虫図鑑
身近な野鳥図鑑
身近な生き物図鑑
ベランダ園芸
三浦半島の歴史
大人の塗り絵
ゲーム情報局
ショッピング
日記
ブログ
コミュニティー
リンク集
スポンサードリンク

東京湾水土記復刊
太平洋戦争の意外なウラ事情
太平洋戦争の日本軍防御陣地―1941‐1945
太平洋戦争の日本軍防御陣地
東京湾景

  猿島  
シーフレンド号 そらいろネットホーム 観光スポット
そらいろネット