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何も意識することなく通り過ぎていた公園。管理もとくにされていないのかなー、夏になるとジャングルのような状態になります(^^ゞ
でも、公園の奥に石碑が建っていることに気が付きました。しかも意外とデカイ!今までまったく気が付かなかったなー。 |
| 写真撮影:2007年05月21日 |
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近付いて調べてみたら、関東大震災関連の石碑でした。大震災遭難者供養塔という文字が刻まれていました。
横須賀市内には、関東大震災関連の石碑が非常に多いですね。もし関東大震災に襲われたら、うちはひとたまりもなくペチャンコになっちゃうだろうなー。お金を貯めて耐震補強をするか、宝くじを当てて引っ越すかしないといけないな・・・
明治22年、横須賀線が開通すると、子之神山下が通路となりました。関東大震災では、市内でも1963名の死者、負傷者が出ました。子之神山でも土砂崩れが起き、ちょうど列車を降りて山際と通行中の50人余りが生き埋めとなってしまいました。 |
| 写真撮影:2007年05月21日 |
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良くわかりませんが、供養塔の背後に穴がありました。
もしかしたら、以前はここに仏像や小さな供養塔などを安置していたのではないかな?
関東大震災の影響で、鎌倉大仏は1mほど移動し、根府川を走っていた熱海線列車も海に落ち、横須賀港でも、吾妻島の貯油タンクが漏れ、重油8万トンが4時間に渡って燃え続けました。
炎と黒煙の中でも、ガンドリークレーンだけは無事だったそうです。 |
| 写真撮影:2007年05月21日 |
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大震災遭難者供養塔の下には、仏像が安置されていました。これだけ手厚く供養されているということは、相当な人数の人々が被災したのかもしれないですねー。
調べてみたところ、この近辺だけでも50名余りの人々が亡くなったそうです。
三浦半島の歴史:1923年・関東大震災 |
| 写真撮影:2007年05月21日 |
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