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このトンネルは1998年11月に解体されるまで、東逸見町3丁目の23番地と81番地の間を通り抜ける道路下で下水道として使われていたものです。
石積みのヴォールト天井(アーチ状)を持つ構造物は国内では非常にめずらしく貴重なものです。側壁には転倒防止用と考えられる控えの石材が1本毎に入る特徴的な石積み技法が用いられています。「ブラフ積み」などと呼ばれ、幕末から明治時代にかけて西洋技術の影響を受けて誕生したものだと考えられています。他の地域ではほとんどみられず、全国的にもとても希少なものです。
関東大震災などにも耐えて今に残されており、当時の石積み技術の高さを照明しています。これらの石積み技術が横須賀市や横浜市の都市化を大きく支えました。
三浦半島の歴史:横須賀市東逸見町史跡巡り・観光名所案内 |
| 撮影:2006年06月27日 |
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「甦る水100選」は、明治33年3月7日、近代下水道制度の基礎である旧下水道法が施行されてから100年がたったのを記念して創設されました。
下町・追浜浄化センターの「トンボの王国」は、良好な水環境を創造したと高く評価され、「甦る水100選」として建設大臣賞を受賞しました。
平成12年9月27日、扇千景建設大臣の名前が書かれています。 |
| 撮影:2007年02月16日 |
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トンボの王国というくらいだから、たくさんのトンボが飛び交っているのかと期待していましたが、1匹もいませんでした(^^ゞ。池には絶滅危惧種のメダカが泳いでるのかの期待しましたが、良く見たらグッピーが優雅に尾をヒラヒラさせて泳いでいました(^^ゞ。ヤゴのエサかな?
自然環境が著しく失われていく現在。横須賀市下水道部では自然環境の保全を目的とし、下水処理水を再利用した水辺空間の整備を推進しています。
こちらのトンボの王国は、すでに完成している追浜浄化センターのトンボの王国に次ぐものとして作られました。
水はすべての動植物にとって必要不可欠なもので、水辺にはきわめて多様な生物環境が構成されています。このため、トンボやメダカだけでなくさまざまな生き物が生活できるような水辺環境を作りました。
また、良い風景でないと人にも飽きられてしまうので、トンボやメダカの良く似合う田園風景風にしました。
身近な昆虫図鑑:トンボ目昆虫図鑑 |
| 撮影:2007年02月16日 |
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残念ながらトンボも、ヤゴも確認することはできませんでした。オオフサモが大量に生えていましたが、駆除しなくてもいいのかな?オオフサモはこのままにしておいたらまずいんじゃないかな?
トンボはヤゴと呼ばれる幼虫の間、水中で生活をします。
幼虫はチョウやカブトムシのようにサナギにはならず、直接成虫に羽化する不完全変態の昆虫です。羽化したトンボは体も軟らかく、普通に見かけるトンボの色とは違っています。
イトトンボでは10日くらい、ヤンマ類や普通のトンボでは2週間〜3週間、アキアカネにいたっては4ヶ月もの間、水辺から離れて森や林の中で、たくさんのエサを食べて成熟していきます。
成熟した成虫は、ふたたび水辺へと戻り、1ヶ月〜2ヶ月ほど交尾・産卵を繰り返して一生を終えます。 |
| 撮影:2007年02月16日 |
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冬だったため、メダカは1匹も確認できませんでした。以前はトンボ池にたくさんのグッピーが泳いでいたので、ここにいるメダカも台湾などから輸入された外来種だったりして(^^ゞ
ニホンメダカは、メダカ科に属する日本で一番小さな淡水魚です。体調は4cm程度です。目が大きく上に飛び出ているので、「目高」と呼ばれるようになりました。
ニホンメダカが西洋に知られるようになったのは、江戸時代に来日したシーボルトによります。
かつては日本各地の水田や小川などで見かけましたが、近年では、農薬の使用や生活排水などによる環境の悪化、護岸工事や水路の整備などにより減少しています。
ただ「メダカ」といっても、実は地域ごとに違った性質や遺伝子を持っているため、他の地域からメダカを連れてきて放流しても、その地域に生息していたメダカが復活するわけではありません。
身近な生き物図鑑:メダカの仲間 |
| 撮影:2007年02月16日 |
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