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YRP野比駅


YRP野比駅

京急YRP野比駅下車 徒歩0分
地図
YRP野比駅
YRP野比駅

 京浜急行電鉄の駅のひとつ、YRP野比駅です。そのまま普通に「わいあーるぴーのび」と読んでください。アルファベットが読めない人のために、駅名の看板にも「わいあーるぴーのび」とひらがなで書いてあります。地名も変わっていますが、駅名も変わっていますよね。
 駅前では電車を利用する人、バスを利用する人、買い物をする人など、意外と人が多く、写真を撮るのが恥ずかしくて、なかなか写真を撮れずにいました。偶然にも人がほとんどいなかったので、写真が撮れました。
 開業は1968年(昭和38年)10月1日です。久里浜線の終点として開業しました。開業当時は、京浜久里浜駅との間を2両編成の電車が折返し運転をしていました。
Tourist Information & Historic Spot. YRP Nobi Station, Nobi, Yokosuka City, Kanagawa, Japan.

写真撮影:2007年11月12日

YRP野比駅

京急YRP野比駅下車 徒歩0分
地図
YRP野比駅
YRP野比駅

 1998年(平成10年)4月1日、駅名をYRP野比駅に変更されました。
 駅から約1.2km離れた丘陵地の光の丘地区に横須賀リサーチパークが造成され、第一期施設が完成し、1997年(平成9年)から活動が始まりました。そのため、野比駅という駅名がYRP野比駅へと改称され、駅舎も大幅に改良されました。
 横須賀リサーチパークでは、高度情報通信技術の新しい研究開発拠点として造成が進められた新しい街です。さまざまな研究施設、住宅、公園などがあるハイテクゾーンです。ここで研究開発された情報は世界に向けて発信されることから、その街にふさわしい駅名として「YRP野比駅」と改称されるにいたりました。
 京急が横須賀リサーチパークの開発を行ったため、駅名が改称されという大人の事情もあります。
三浦半島観光地図:横須賀市光の丘・横須賀リサーチパーク

写真撮影:2007年11月12日

YRP野比駅

京急YRP野比駅下車 徒歩0分
地図
YRP野比駅
YRP野比駅

 駅名にアルファベットが含まれる日本の旅客駅としては4番目になります。JRグループ以外の鉄道事業者では初めての名称になります。かっこいい駅名として、話題になりました。
 駅構造は、相対式ホーム2面2線の地上駅です。改札口付近は高架構造になっています。改札口は駅の南寄りのホーム下に1ヶ所設置されています。
 2008年(平成20年)度の1日平均乗降人員は20,974人です。横須賀リサーチパークの開業や宅地開発によって、利用客は増加傾向にあります。

写真撮影:2007年11月12日

YRP野比駅前

京急YRP野比駅下車 徒歩0分
地図
YRP野比駅前
YRP野比駅前

 だいたい昭和40年代ごろの、野比駅と、野比駅前です。
 人によっては、懐かしいなーって思う景色かもしれません。新しい駅舎になり、駅前が再開発されてから、それほど時間が経っていないので。かつての野比駅前の景色を覚えている人も多いのではないでしょうか。鉄橋のガードのあたりは、今と同じです。

写真撮影:----年--月--日

YRP野比駅前

京急YRP野比駅下車 徒歩0分
地図
YRP野比駅前
YRP野比駅前

 水害被害に遭った、野比駅前の様子です。車は完全に水没しています。
 1974年7月に起きた、七夕水害の時ですね、たぶん。7月7日、台風8号と梅雨前線の影響を受けて、豪雨が発生しました。特に静岡県では、大きな被害が出ました。
 三浦半島では平作川流域の池上、衣笠、公郷、船越、久里浜などで大きな被害が出ました。これを契機に、平作川では護岸工事が進められました。

写真撮影:----年--月--日

YRP野比駅

京急YRP野比駅下車 徒歩0分
地図
YRP野比駅
YRP野比駅

 駅名が京急野比駅時代に、古い駅舎の写真です。いつ撮った写真だったか、忘れちゃった。すでに工事が始まっていて、京浜ストアは取り壊してあります。

写真撮影:----年--月--日

YRP野比駅ホーム

京急YRP野比駅下車 徒歩0分
地図
YRP野比駅ホーム
YRP野比駅ホーム

 YRP野比駅のホーム。ある程度、広くスペースを取っていますが、朝のラッシュ時にはかなり混雑します。上りホームには通勤、通学客が電車待ちで並び、下りホームには横須賀リサーチパークに向かう通勤客がたくさん下車します。電車の到着と、バスの到着が重なると、改札口が大変混雑します。
 改修前の京急野比駅と、改修後のYRP野比駅は、かなり違いがあります。以前は階段の場所は京急長沢側にあり、ホームの構造も、駅舎の構造もかなり変化しました。
 改修前の野比駅の写真、撮影しておけば良かったですねー。当時はまだ、デジカメがない時代だったからなー。

写真撮影:2008年03月15日

YRP野比駅ホーム

京急YRP野比駅下車 徒歩0分
地図
YRP野比駅ホーム
YRP野比駅ホーム

 YRP野比駅のホームの様子です。
 下りホームには、ブロックを積み上げただけの簡素な資材置き場のような物があります。開業当初は2両編成の車両が止まる小さな駅で、電車の2両目あたりが停車する場所に、資材置き場のような場所になります。
 駅の構造を見ても、途中で継ぎ足して延長したと思われる部分があるので。ペンキで白色に塗られて、現在では資材置き場となっている場所が、野比駅開業当初の駅舎なのではないかなーと思います。
 開業したのは1963年(昭和38年)なので、その当時のことを覚えている人がいないので、詳しいことは確認できません。
 その後、3年後の1966年(昭和41年)には、長沢駅、津久井浜駅が開業。同じ年に三浦海岸駅が開業しました。たぶん、このくらいのタイミングで、駅の拡張工事が行われたんじゃないかなーと思います。

写真撮影:2008年10月04日

京急長沢駅方面

京急YRP野比駅下車 徒歩0分
地図
京急長沢駅方面
京急長沢駅方面

 YRP野比駅上りホームから、京急長沢駅方面を望む写真。
 YRP野比駅は相対式ホームの2面2線の地上駅ですが、2線になっているのはYRP野比駅部分だけです。京急久里浜-YRP野比-京急長沢は、単線です。高架部分、トンネル部分も単線分のスペースしか確保していないため、将来的にも複線化することはないと思われます。
 京急久里浜-京急長沢間が単線のため、京急久里浜、YRP野比、京急長沢のどこかの駅で発車時間調節をしなければならず、ラッシュ時でも電車の本数が限られてしまいます。
 そのような理由もあり、かつては1時間に3本しか電車が走っていませんでした(^^;)
三浦半島観光地図:横須賀市長沢・京急長沢駅

写真撮影:2008年03月15日

京急久里浜駅方面

京急YRP野比駅下車 徒歩0分
地図
京急久里浜駅方面
京急久里浜駅方面

 京急久里浜駅側も、単線になっています。複線化の予定があったのかわかりませんが、途中まで複線になっています。車両が待避するためのスペースなのかもしれません。
 上り側、下り側、どちらも単線で、ポイント切り替えができるので、YRP野比駅始発の電車があっても良いのではないかとも思うのですが。すぐ隣の駅で、久里浜駅始発があるので、ありえないだろうなー。
 久里浜駅止まりで接続がない電車に乗ってしまうと、最悪な気分になります。
三浦半島観光地図:横須賀市長沢・京急久里浜駅

写真撮影:2008年10月04日

京急1500形電車

京急YRP野比駅下車 徒歩0分
地図
京急1500形電車
京急1500形電車

 京急久里浜行きの上り列車。京急久里浜までしか行けないので、とっても不便です。下り電車で乗り継ぎのない京急久里浜行きは、ふざけているとしか言いようがありません(^^;)
 1993年1月に製造され、1500形の最終増備車です。この後、京急600形電車に増備が移行しました。
 1000形の老朽化による取り替えを目的に、第2世代の都営地下鉄浅草線・京成電鉄・北総開発鉄道への乗り入れ車両として製造が開始されました。乗り入れ協定に基づき、京急では初めてT型ワンハンドルマスコンを採用しています。
 1985年(昭和60年)〜1986年(昭和61年)製の20両は普通鋼製で、1988年(昭和63年)製以降の車両はアルミ製車体を採用しています。1970年代〜1980年代の輸送形態の変化に頻繁な編成替で対応した1000形と同様、柔軟な運用が出来るように補機を含めて2両1ユニットで構成されています。1971年製の1000形から採用していた電装品の共通設計は採用されず、三菱電機製と東洋電機製で使用機器が異りますが、両者を混成して編成を組むことが可能です。
 登場当時の1985年には、既にVVVFインバータ制御車が製造されていましたが、当時はまだインバータ容量が小さいなどの技術力不足により、当初は技術的に確立していた界磁チョッパ制御を採用していました。増備途上の1990年(平成2年)以降、VVVFインバータ制御を採用しています。
 カラーリングは赤で、窓下に白帯を引いた京急標準色です。800形以降は側面の白帯が運転台扉で途切れいますが、1500形は運転台扉を超えたところまで白帯があります。正面には京急で初めてスイング式プラグドアを採用され、800形以降採用されていた正面窓周りを一段くぼませるデザインに加え、窓周囲を黒く塗装することで3枚の窓、各幕窓を一体的に見えるようにデザインされています。前照灯と尾灯は2000形同様一体のケースに収められ、この時期各社で採用が始まったLED式の尾灯を採用しています。南海10000系とケース形状が酷似しています。
 ほぼ車両全幅にわたるアンチクライマーを設け、製造当時の京急車標準の車体断面を採用したことから、従来車と大きく異なるデザインながら京急らしさを感じさせます。京急初の両開き3扉車で、車端部とドア間で幅の異なる2連式のバランサ付1枚下降窓を採用、2000形で廃止された戸袋窓が設けられましたがアルミ車体を採用した車両からは廃止されました。中間車妻部に後退角があることが外観上の特徴のひとつです。
 内装壁面は格子模様の薄ベージュ色の化粧板構成で、床面はグレーのロンリウム材を使用。車内座席はオールロングシート構成で、1人分の座席掛け幅は45cmを確保。座席表地は紺色で、優先席は薄黄緑色です。座席袖仕切化粧板は薄ベージュ色ですが、アルミ車1525編成、1613編成以降は木目調柄入りに変更されました。座席は脚台で支える方式です。車内定員は初期車で全車が140人ですが、1701編成以降は普通鉄道規則の標準値とし、先頭車124人、中間車は136人に変更されました。
 天井レイアウトは2000形同様車体全長にわたるアルミ押し出し材の冷気吹き出し口を採用、空気攪拌用に補助送風機を6台設けています。照明カバーはなく、吹き出し口は2000形のゴールド調に対し1500形ではアルミ地色の違いがあります。窓枠は800形・2000形と同様にFRP一体成型品を採用、ロールアップカーテンですが留め金具が最下部にしかなく、カーテンを途中で止めることができません。

写真撮影:2008年02月29日

京急600形電車

京急YRP野比駅下車 徒歩0分
地図
京急600形電車
京急600形電車

 600形電車が入ってきました。写真撮影は白線の内側から。
 1500形に次いで、1000形の置換用都営地下鉄浅草線乗入車両として製造されました。
 国内の地下鉄対応車両としてはめずらしく全座席クロスシート車両とし、混雑時の収容力と閑散時の快適性の両立を狙った可動式座席を採用されました。大手私鉄やJRは多扉や大型扉の車両をラッシュ時の運行円滑化のために導入していた時期でしたが、利用者の快適性を優先する設計思想です。
 初期製造車は1500形VVVFインバータ制御車と台車以外は同一の機器を採用していました。1996年製造車からは編成構成の自由度を高めるために機器構成が大幅に変更され、可動式座席も廃止されました。1994年〜1996年にかけて8両編成8本、4両編成6本の計88両が製造されました。1998年の羽田空港駅開業時に設定されたエアポート快特にも運用され、羽田空港駅開業関連のポスターにも使用されました。2005年から車端部を除く座席をロングシート化する工事が行われ、2009年現在は都営地下鉄浅草線経由各線への乗り入れ運用を含む大師線を除く京急各線で運用されています。

写真撮影:2008年02月29日

京急600形電車

京急YRP野比駅下車 徒歩0分
地図
京急600形電車
京急600形電車

 1500形と600形が並ぶと、新・旧って感じだよね!京急では600形以降の車両デザインは、丸みを帯びたものになっているので、1500形が古く見えます。
 車体はアルミ製で、登場時の2000形と同じ赤い車体に窓回りを白く塗装しています。前面形状は大きな3次元曲面で構成され、助手席側に移動したスイング式のプラグドア、上部に移った前照灯、下部に埋め込まれた尾灯、標識灯、ワイパーカバーの採用、アーマープレート、アンチクライマーの廃止など新しいスタイルとなりました。このデザインは後に登場する2100形、新1000形に引き継がれています。
 窓寸法を1500形に対して上方に20mm拡大、車体高さを同じく40mm拡大しました。800形805編成以降の京急各形式では側面種別・行先を別々の小窓に表示、一体のケースに収めていましたが、600形では1枚のガラスに納められました。尾灯・戸閉灯にはLED灯具を使用しましたが、経年劣化による照度低下への対応として、次形式の2100形から電球に戻されています。

写真撮影:2008年02月29日

京急600形電車

京急YRP野比駅下車 徒歩0分
地図
京急600形電車
京急600形電車

 さすがに昼間の下り電車、誰も乗ってないですね。
 1次車〜3次車では運転台と直近のドアの間に運転台側を向いた2人掛け固定座席、ドア間に4人掛けボックス席片側2組、車端部に4人掛ボックスシートが設けられました。4次車ではドア間の座席はボックス席と2人掛け固定座席を1つずつ組み合わせた配置となり、座席数が減少。ともにドア付近には運転台からの操作で一斉施錠可能な補助席が設置されています。シートピッチを広めにとっているため、補助席を使用しない場合は同じドア数のロングシート車より座席定員が少ないです。
 内装は寒色系で、天井と壁面は白と薄灰色、床はグレー系、座席は薄青色です。京急の3扉車として初めて扉内側に化粧板が貼られました。
 1次車〜3次車では両端ドアの車体中央寄りに混雑時の収容力確保のため、運転台からの操作で2人掛けと1人掛けが転換する可動式座席「ツイングルシート」が採用されました。
 座席生地の劣化にともなって2002年から順次座席表布の張り替えが行われ、表地は青系色から赤系色に変更されました。ツイングルシートは構造は変更せずに固定化されました。2005年度以降は扉間のロングシート化改造を開始。同時にバリアフリー対応改造が実施されています。

写真撮影:2008年02月29日

京急2100形電車

京急YRP野比駅下車 徒歩0分
地図
京急2100形電車
京急2100形電車

 京急の車両の中では、贅沢車両の2100形電車です。600形電車以降は、外見がそっくりな電車ばかりです。
 1998年(平成10年)3月28日、営業運転を開始しました。登場当時、ドレミファインバーターが話題となりました。
 京浜急行電鉄の創立100周年を記念し、21世紀へ向かう車両として2100形となりました。
 京急本線と久里浜線を運行する快特で使用されていた、2000形の後継車として製造されました。2扉式で全席クロスシートなど、混雑時間帯には使用できないので、8両編成10本しか製造されませんでした。2100形登場にともなって、2000形は3ドア化の更新工事が行われました。
 コストダウン、メンテナンス低減、車両性能向上のため、主制御器、主電動機、座席、座席表地に外国製品を数多く導入した。しかし、経年劣化による更新工事で部品調達にコストがかかってしまうため、国産に置き換えられるようになってきました。

写真撮影:2008年10月04日

京急2100形電車

京急YRP野比駅下車 徒歩0分
地図
京急2100形電車
京急2100形電車

 2100形電車の車内です。通勤電車ですが、車内を見るとやっぱり、贅沢電車です。車内居住性の向上を重視した設計になっています。
 車体外装は赤色、窓回りはアイボリーに塗装されています。1編成はKEIKYU BLUE SKY TRAIN(京急ブルースカイトレイン)になりました。京急の優等列車のため、イベント列車やラッピング列車で利用されることも多いです。
 車内は淡い琥珀色の大理石模様化粧板張りとなっています。床はベージュとレッド系のモザイク柄です。窓は大型で、濃色グレーの熱線吸収・複層ガラス構成で、空調の効率化のために固定窓になっています。カーテンには西陣織が使われています。
 座席は全席クロスシートで、座席転換は車掌がボタンを押して一括転換されます。強引に向きを変えようとしても、残念ながら動きませんでした。座席間隔が狭いので、降車時に窓側の座席だと下車するのが大変です。
 ドア付近にのみ吊り革が設置され、車内通路は狭く、座席に掴み手が設置されています。座席定員は多くなりましたが、立席定員が少なく、通路上でのすれ違いも大変です。

写真撮影:2008年10月04日

京急新1000形電車

京急YRP野比駅下車 徒歩0分
地図
京急新1000形電車
京急新1000形電車

 新しい電車、新1000形電車。しかも001ってことは初号機?最近の京急の車両は、外見が似ていますね、番号を見ないと種類がわかりません。600形と2100形と新1000形、ほとんど同じなんですよね。
 2002年(平成14年)から登場した車両です。1000形の後継車として都営浅草線、京成線、北総線への乗り入れが可能な車両です。
 2100形をベースに片側を3扉とし、車内は扉間が脚台のないバケットタイプのロングシート、車端部が補助イス付のクロスシートで、ロングシートの中央には定員着席を促す仕切りと立ったままの人のために手すりを配置しています。
 2100形と同様に海外製品を採用し、車両性能と居住性の向上を図りつつ、コスト削減も実現しています。全出入口扉にドア開閉チャイム設置や冷房装置にオゾン層破壊係数ゼロの新代替冷媒の新規採用等、バリアフリー化と環境対策にも貢献しています。普通から快特まで幅広く活躍しています。

写真撮影:2008年03月15日
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