小栗上野介忠順胸像 |
京急横須賀中央駅下車 徒歩15分
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小栗忠順(1827年〜1868年)は幕臣。豊後守といい、のちに上野介に改めます。
1860年(万延元年)、遣米使節の一員としてアメリカへ渡ります。
1862年(文久2年)以後、4度にわたって勘定奉行を務め、幕府末期の財政再建に努力します。その間、外国奉行、陸軍奉行、軍艦奉行を歴任しています。
戊辰戦争では徹底抗戦を主張しますが受け入れられず、知行地の上州群馬群権田村(現在の倉渕村)に退きます。そこで、新政府軍に処刑されてしまいました。
横須賀製鉄所建設に功績を残した人物です。
三浦半島の歴史:歴史人物事典・小栗上野介忠順 |
| 写真撮影:2006年12月13日 |
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幕臣の栗本鋤雲(1822年〜1898年)です。名は鯤(こん)、鋤雲は号になります。
学問所頭取、軍艦奉行、外国奉行などを歴任しました。
小栗忠順と共に、新仏政策の推進者として知られ、幕府権力回復に努めました。
1867年(慶応3年)、大使としてフランスに渡り活躍しました。
明治維新後は、『報知新聞』などで筆をふるい、1898年(明治30年)に亡くなりました。
小栗忠順を手助けし、横須賀製鉄所建設を推進しました。
三浦半島の歴史:歴史人物事典・栗本鋤雲 |
| 写真撮影:2006年12月13日 |
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横須賀市文化会館と、横須賀市自然人文博物館のシンボル的存在の大きなブロンズ像です。
日本を代表する彫刻家の北村西望の作品です。長崎の長崎平和記念像にどことなく似ている気がします。
昭和35年の作品で、昭和52年の市制施行70周年記念にあたり、所有者の村瀬春一氏から横須賀市に寄贈されました。
それを受け、横須賀市では台座を作り、当地に設置しました。台座は広島産の桜みかげ石の2ブロック、30トンの構造で、芸術性の高いブロンズ像を惹き立てるのに役立っています。
設置にあたり北村西望氏から横須賀市民に対して、「この像が横須賀市民に愛と喜びをもたらすことを祈ります」との言葉が寄せられました。 |
| 写真撮影:2006年12月13日 |
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遠くから見たときは、チンパンジーのブロンズ像かと思ったよ(^^ゞ。だって変な格好してるんだも〜ん。アソコが写らないように頑張って撮影しました。アソコがどうなっているか気になる方は、実物を見に行ってください。
でも実は、この作品もとても有名な人の作品です。日本を代表する彫刻家の1人、北村西望(きたむらせいぼう)氏の作品です。特に有名なのは、誰もが一度は見たことのある長崎の「長崎平和祈念像」です。長崎県長崎市松山町にある平和公園に建てられています。
1884年(明治17年) 長崎県南高来郡南有馬村(現在の南島原市)に生まれます。1955年(昭和30年)、5年がかりで作成した長崎平和祈念像を完成させます。1958年(昭和33年)、文化勲章を受章。1987年(昭和62年)3月4日、104歳で亡くなりました。 |
| 写真撮影:2006年12月13日 |
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ものすごく巨大なブロンズ像に見えるかもしれませんが、普通サイズのブロンズ像です。
とても柔らかで綺麗なラインが印象的でした。薄く羽織っている布の質感も綺麗です。スタイル良いし、良いですなぁ〜。
このブロンズ像は戦後日本を代表する彫刻家、舟越保武(1912年年12月7日〜2002年2月5日)の作品です。その舟越保武氏の代表作、シオンです。
岩手県二戸郡一戸町小鳥谷生まれます。1967年〜1980年、東京芸術大学教授を勤めます。1986年、東京芸術大学名誉教授になります。しかし1987年、脳梗塞で倒れ、右半身が不自由になってしまいますが、すぐにリハビリを開始し死の直前まで左手で創作を続けました。多機能不全で89歳で亡くなりました。
文化功労賞も受賞している人なので、説明看板があればいいのになぁ〜。 |
| 写真撮影:2006年12月13日 |
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遠くから見たとき、サザエさんの磯野ワカメちゃんかと思った(^^ゞ。近付いてみたら違ったけど、やっぱり磯野ワカメちゃんに似ている・・・。スカートの中がどうなっているのか気になる方は、実際に見に行って確認してください。
このブロンズ像の作者を調べてみたんですが、残念ながらわかりませんでした。後日、時間のある時に資料をあさって調べ直してみます。
芸術にはあまり興味がないので知識がないから、どうやって調べるかからわからないんですよ(T_T) |
| 写真撮影:2006年12月13日 |
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ハッ(゚Д゚;)、なんか怪しい写真になってしまった!こ、こんなバカな。母親と子供とが抱き合っている禁断のブロンズ像です。
こうなってしまったのには、ちょっと理由がありまして(^^ゞ。なんとか頑張ってアソコが写らないような写真を撮ろうと試行錯誤した結果、こうなってしまった。どう見ても、お尻をもんでる手にしか見えないよね(^^ゞ
作者は彫刻家の本郷新(1905年〜1980年)です。北海道札幌生まれの彫刻家で、「嵐の中の母子像」、「わだつみのこえ」などの作品があります。 |
| 写真撮影:2006年12月13日 |
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