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 横須賀市自然人文博物館

横須賀市自然人文博物館 京急横須賀中央駅下車 徒歩15分
 
横須賀市自然人文博物館
横須賀市自然人文博物館
 横須賀市博物館は1954年4月、開国にゆかりの深いペリー上陸の地、久里浜に開館しました。
 1970年、横須賀市の中心部である中央公園内に本館を建設し、自然部門を移転しました。
 1983年、自然博物館に隣接して人文館を建設し、人文部門も移転し、総合博物館となりました。
 1976年、重要有形民俗文化財収蔵庫が併設されました。
 また、1959年には馬堀自然教育園がオープンし、1966年には天神島臨海自然教育園がオープンしました。1999年には神奈川県から臨海青年の家を譲り受け天神島ビジターセンターを開設しました。2002年にはヴェルニー公園にヴェルニー記念館を開設しました。

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写真撮影:2006年12月13日

三浦半島の自然 京急横須賀中央駅下車 徒歩15分
 
三浦半島の自然
三浦半島の自然
 大昔の三浦半島の平地には、ケヤキ、ハンノキが生い茂り、川べりや湿地にはアシが一面に生えていました。
 特に内湾の奥は、海水の混じった沼地で、そこには塩分に対する抵抗の強いハママツナ、ホソバノハマアカザのような植物からなる塩沼植生が発達していました。
 人々はこういった平地に住み着き、アシ原を耕して水田を作り、そこにイネを植えました。
 三浦半島の西部地域は、黒潮の影響を受けて冬でも暖かく、海岸には暖かい地方の植物が良く育ちます。ハマオモトや、ハマボウのような亜熱帯系の海浜植物も生育し、自然分布の北限である天神島は神奈川県の天然記念物に指定されています。
 海中には、温帯性・熱帯性の海水魚を始め、魚類・貝類・海藻類など多くの種類の海洋生物が住んでいます。
 海鳥では、カモメの仲間のウミネコが一年中見られ、秋には渡り鳥のシギ・チドリの仲間も見られます。
身近な植物図鑑:アシアシ
身近な植物図鑑:イネイネ
身近な植物図鑑:ハマオモトハマオモト
身近な野鳥図鑑:ウミネコウミネコ
写真撮影:2006年12月13日

漁船(地引網船) 京急横須賀中央駅下車 徒歩15分
 
漁船
漁船
 三浦半島の砂浜海岸では、地引き網によるイワシ漁が盛んでした。野比村、上宮田村、菊名村などの他、大津村、馬堀村などでも小規模ながら行われていました。
 地引網船は、真ん中に網を置くようになっています。
 イワシの他にも、コノシロ、イナダ、アジなども漁獲されました。
 野比村では、この船を「アンブネ(網船)」と呼んでいました。
 村人たちは、朝4時頃から漁に出ました。コザラシ網といい、イワシ類は海面近くを泳ぐため、水面下に網を流し、イワシを網に刺して漁獲する方法で「流し網」といいます。
 地引網は、ウチマエと呼び、親戚同士で6軒〜7軒が網株を持ち、地引網漁を行いました。見張り小屋で魚群を見付けると、法螺貝を吹いて農作業をしている仲間に知らせていました。
 大阪を中心とする上方地方で、大切な商品としての「綿作り」が盛んになりました。その肥料になるイワシ漁業が盛んになり、イワシは江戸湾に面した野比を初めとする下浦海岸などで多く漁獲されました。イワシを獲るため、紀州(現在の和歌山県)からわざわざ出稼ぎに来て住み着いた漁師もいました。
写真撮影:2006年12月13日

漁師・百姓の家 京急横須賀中央駅下車 徒歩15分
 
漁師・百姓の家
漁師・百姓の家
 漁民の暮らしは苦しかったので、自分の家を建てるのは大変でした。この家は佐島では「九尺三つどり」と呼ばれる一般的な住宅です。この家に住めれば、一人前と言われました。
 江戸時代から、三浦半島は幕府が直接治めることになり、浦賀に代官役所が置かれ、代官には長谷川七左衛門長綱を任命しました。正保年間(1644年〜1647年)の頃、三浦半島は三浦郡と呼ばれ、59の村があり、20442石の石高がありました。
 この頃には産業も次第に発達し、農産物の生産加工として木綿の機織が行われ、肥料としての干鰯(ほしか)や〆粕(しめかす)を作る水産加工も盛んになりました。加工された干鰯や〆粕は上方から来た回船に浦賀湊で積み込まれました。
1.地引網によるイワシの漁獲
2.カゴを使用して運搬するか、浜で丸干しして田んぼの肥料にしました
3.大釜で煮て、大きなヘラでかき混ぜます。上に浮いた油やゴミをすくい、ヘラで油カスを取ります。
4.タモ網ですくい上げます。
5.〆道具に入れます
6.上から押して油を搾り取ります
7.油が流れてカメに溜まったものは魚油になります
8.締め上げた魚を取り出したものは、〆粕となります。
9.天日乾燥させます。
10.カマスに入れて田畑の肥料として売ります
写真撮影:2006年12月13日

唐箕(とうみ) 京急横須賀中央駅下車 徒歩15分
 
唐箕(とうみ)
唐箕(とうみ)
 農民の自給自足生活は、食べることだけでなく、着ることなど、生活全般に及んでいました。
 三浦半島各地の畑では、綿栽培が行われ、布団綿にしたり、機織で布を作り、着物に仕立てたりしました。江戸時代には、綿は特産品の一つとなり、三浦木綿として有名でした。
 三浦半島の農耕は台地の畑作と、谷戸の水田稲作に代表されます。
 台地の畑は麦作りとイモ作りが中心でした。台地を開墾して作った畑には、大麦などと共に粟や稗が作られました。
 米は年貢として納めることが主だったため、大麦を作り主食にしていました。
 粘土質の畑は固い土のため、フズキグワ(踏鋤鍬)が使われました。粘土は水の通りが悪く、乾くと固まってしまうため、畑を耕すのが大変でした。
 葉山町の一色・下山口・上山口・木古庭、横須賀市の阿部倉町・金谷・平作・衣笠町・小矢部・森崎・佐原・久比里・秋谷・子安・長坂・太田和・武・鴨居などで使われていました。
写真撮影:2006年12月13日

スタンプ 京急横須賀中央駅下車 徒歩15分
 
スタンプ
スタンプ
 横須賀市自然人文博物館にあるスタンプです。
 地元では、「ペリー」というよりも、「ペルリ」と呼ぶことの方が多いんですよねー。人によっては、「ペリー」といっても通じない人もいるくらいで。
 そんな黒船来航のペルリさんのスタンプです。ペルリの絵は、たくさん残っていますが、どれもこれも全然違うんですよね。このスタンプのペルリは、ホンジャマカの石塚英彦さんに似てますねー。
写真撮影:2006年12月13日
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