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京浜急行が久里浜まで乗り入れたのが、昭和17年の暮れのことでした。一方、JRが久里浜まで乗り入れたのは昭和19年4月のことでした。
ともに、第二次大戦の最中のことでした。
支那事変から太平洋戦争にかけて、久里浜には軍事施設が次々と造られるようになったため、交通機関が必要になり鉄道が敷設されました。
JR横須賀線は昭和20年には複線になる予定でしたが、完成を見ないまま終戦となり、JR横須賀駅〜JR久里浜駅間は単線のままとなっています。 |
| 撮影:2006年09月10日 |
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京急久里浜駅に比べると、のどかな雰囲気の漂う駅ですな。個人的には、京急よりも横須賀線の方が好きなんですが・・・
古い地図を見ると、線路は久里浜駅では終わらずに久里浜の港の方にまで繋がっていました。かつては物資を輸送するための線路があったのかもしれません。
駅構内には線路がたくさんあり、夜間には電車が係留されているようです。 |
| 撮影:2006年09月10日 |
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連絡橋の上からみた、久里浜駅ホームの様子です。終点だけど、ずっと先の方まで線路が続いています。
横須賀線の開通にはいくつかのプランがあり、観音崎を終着駅とする案や、横須賀の逸見にあった水兵営を終着駅とする案がありました。いずれも、陸軍・海軍の要請によるものです。
戦争の激化により久里浜地域に多くの軍事施設が作られ、1942年(昭和17年)に湘南電鉄(現在の京浜急行)が堀ノ内から分岐して久里浜線が開通しました。1944年(昭和19年)には、国鉄が横須賀から久里浜まで延伸しました。
武山海兵団開設のため、衣笠駅〜林までの武山線も計画されていましたが、終戦によって中止とされました。 |
| 撮影:2007年03月10日 |
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久里浜駅のホームです。停車している列車は、E217系列車です。現在の横須賀線といえば、ほとんどがE217系です。個人的には、113系が好きだったんだけどなー。
ホームの屋根も短くて、ローカル線っぽい雰囲気の駅です。 |
| 撮影:2007年03月10日 |
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JR久里浜駅の駅舎とホームの古い連絡橋です。今のところ、取り壊されることもなく残っていますが、もしかしたらそのうち取り壊されて撤去されちゃうかもしれません。
新しい連絡橋は、2006年に完成しました。エレベーター、エスカレーター付きの連絡橋です。 |
| 撮影:2007年03月10日 |
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横浜支社総合訓練センターの車両です。「Yokohama Training Center」と書かれています。1998年に使用されていない係留線を利用して、訓練センターが開設されました。電車の教習所のような存在です。
車両は仙石線で使われていた105系車両です。
仙石線は交流電化の仙台エリアで唯一の直流電化区間です。宮城電気鉄道が1944年に国有化された路線で、国有化前に直流電化されていました。2000年に仙台〜陸前原ノ町間の地下化と、仙台〜あおば通間が延伸されました。あおば通〜石巻間は50.2kmあります。おもに205系が活躍しています。
105系は電化ローカル線に残る旧型車両の一掃を目的として、103系をベースに開発されました。2両編成が基本の車両です。塗装は訓練センターオリジナルです。神奈川県では、ここでしか見られない車両かもしれません。 |
| 撮影:2007年03月10日 |
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黄色い車両は、特殊車両っていうの?工事車両?整備車両?牽引車両?作業車両? 手前にクレーンみたいなのが付いてるけど・・・
後の車両は、たぶん線路に敷くバラストを積む車両だと思います。 |
| 撮影:2007年03月10日 |
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誰もいないと思って写真を撮った先頭車両。ところが、人がいたのでビックリしたぁ(^^ゞ
1994年に登場した次世代電車。通勤型として登場した209系をベースに、車体幅の拡張、一部セミクロスシート化、トイレの設置、グリーン車の連結など、横須賀線・総武線快速で運用すのにふさわしい設備としました。
113系の淘汰用に登場したE217系ですが、1999年まで増備が続き、その後はE231系が開発され、製造は停止しました。首都圏次世代近郊型車両のパイオニア的存在です。 |
| 撮影:2007年03月10日 |
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