横須賀市秋谷 |
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風光明媚なところです |
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横須賀市内の秋谷です。空き家が多いってわけではありません。
秋谷から葉山にかけては、とても不安定な地盤なようです。地質学上では破砕帯と呼ばれているらしいです。かつてはこの特有の地質を利用して、北条早雲と、三浦道寸義同との戦ありました。
昔から住んでいる人では、若命さんや、新倉さんが多いようです。「友達のワカメちゃん」って言うから、女の子なのかと思ったら苗字だと聞いてビックリしたのを今でも覚えています。 |
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正確な場所を忘れちゃったよぉ(^^ゞ。たぶん、前田橋のバス停で降りたので、秋谷か、葦名だったと思います。
子産み石は、この付近の地層から出る凝灰岩が波風に洗われて、その中にある球形の岩石が露出したものといわれています。
安産のおまじないや、子宝に恵まれるとして珍重されていて、テレビ放送されたりもします。
三浦半島の縄文時代、弥生時代の遺跡からも出土していることから、かなりの昔から、安産にご利益があると思われていたようです。
大正初期までは、海岸にお札参りの人たちが立てた赤い旗がたくさんあって、とても美しい光景だったそうです。現在でも、夕陽や富士山がとても綺麗に見えます。 |
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たぶん秋谷だったと思うんですよねー。
2基の馬頭観音石造です。さらに後ろの草間にも、1基あります。今にも木に押し潰されてしまいそうです。
右側の馬頭観音は大正11年に新倉さんが建てたようです。
古道に沿って多く見かけるのが馬頭観音です。馬の供養や、墓標として建てられました。また、馬の労をねぎらうためや、馬の交通の安全を祈願するために建てられたりもしました。 |
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