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とっても小さな稲荷社ですが、のぼりがたくさん立っていますね。小さいながらも、地元の方々にとっては信仰対象の大切な稲荷社なんですね。
正式名称は「正一位豊海稲荷大明神」といいます。祭神は倉稲魂神で、五穀豊穣、商売繁盛の神様ですが、かつては海に近かったことから、豊漁を祈願していたと思われます。
お社にはおみたまや、明治15年、明治16年、昭和10年、昭和36年の氏子代表の名前が書かれた木板が奉納されています。
稲荷講が設立され、毎年2月11日に初午祭りが行われます。それまでは、地元の人々によって守られ、毎年2月の初午の日にお祭りをしました。お社の周りのササに、赤、黄、緑、青、白の神を長く貼り付けてお願い事を書いて飾り付けました。
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小さいけれど、こうやって撮影すると、少し大きく見える?
稲荷社から奥の道を行くと、右側崖面の高さ約3mのところに、やぐらがあります。そこに摩崖五輪塔が3基、残されています。南北朝時代〜室町時代に造られたと思われます。残念ながら、僕は見つけられませんでした(T_T) |
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お社もやっぱり小さかった・・・。木製の小さなお社でした。
浄水盤には、慶蔵院(けぞういん)の名が彫られています。慶蔵院は雷神社の別当寺でした。
新編相模国風土記稿によれば、『慶蔵院、本山修験正本山と号す、古は武州金沢にあり、元禄九年此地に移る、本尊不動を置く」とあり、続いて「薬師堂、慶蔵院持、天神を相殿とす、元は字天神が崎に社あり、破壊後移す、」とあります。
慶蔵院では、嘉永6年(1853年)7月、寛政11年7月16日、雨乞いの祈祷を行ったとの資料が残されています。
慶蔵院に関する記録は、横浜市金沢区の瀬戸神社にものこされています。
三浦半島の歴史:横浜市金沢区瀬戸・瀬戸神社
三浦半島の歴史:横須賀市追浜本町・雷神社 |
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