称名寺(しょうみょうじ) |
京急YRP野比駅下車 徒歩10分
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酔蓮山称名寺といいます。浄土真宗西本願寺派。三浦三十三観音の十一番札所となっています。
1970年(昭和45年)、1971年(昭和46年)と立て続けに火災に遭い、現在は鉄筋コンクリート製のお寺らしからぬ建物に新築されています。本堂左手の赤い観音堂には焼失をまぬがれ、明治時代初期の建物がそのまま残されています。
昔は、真言宗のお寺で大塔院といい、観音堂とともに千駄ヶ崎にあったと伝えられ、貞永年間(1232年〜1233年)に了法上人が親鸞上人に帰依して、浄土真宗に改宗し、現在地に移ったようです。
一方、 門前にある碑文には、貞永年間(1232年〜1233年)に下総国結城の称妙寺からこの寺に移り、親鸞上人に帰依して浄土真宗に改宗したとあります。嘉永年間(1441年〜1443年)に、嵐と火災に遭い、観音堂を現地に移したといわれています。
しかし、その後火災に遭い、観音堂の焼けた灰の中から、観音様の首だけが見付かり、その首を新しい観音像のお腹の中に収めたと言われています。そのため、右手が、お腹にあてがわれています。そして、『腹籠り観音』、または『灰中出現の霊像』と言われて近隣の信仰を集めているそうです。でも、どことなく近付きがたい雰囲気のあるお寺です(^^ゞ
古くから安産の御利益があるといわれ、小田原城主北条氏康の室の安産祈願に参詣があったと伝えられています。
この、観音堂のご開帳は、十二支の子年と、午年の、3・4・5月で、6年ごとに行われています。 |
| 写真撮影:2006年03月04日 |
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本堂と観音堂 |
京急YRP野比駅下車 徒歩10分
称名寺境内  |
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正面の白いコンクリート製の建物が本堂になります。左手の赤い建物が観音堂になります。
写真を撮影するアングルが悪いですよね。なんとなく人を寄せ付けないようなオーラを感じるお寺だったんで、奥の方から写真を撮れなかったんですよ。本当かどうか知らないけど、昔はヤクザの息子がいるお寺って言われてたからなぁ(^^ゞ |
| 写真撮影:2006年03月04日 |
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歌碑 |
京急YRP野比駅下車 徒歩10分
称名寺境内  |
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なんかの歌碑のようです。誰が詠んだのかは、私にはわかりません。
お寺の名前、三浦三十三観音の十一番霊場、短歌、昭和46年6月吉日、23代目のお坊さんの名前が刻まれています。短歌はこのお坊さんが作ったのかな?
達筆すぎて読めないのですが、
『いのちのび まいりて拝む かんぜおん
ニ世あんらくと いのるもろ人』
と書かれてあるような気がする。 |
| 写真撮影:2006年03月04日 |
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