そらいろネット > 三浦半島観光地図 > 横須賀市 > 野比 > 白髭神社
 白髭神社

白髭神社(しらひげじんじゃ) 京急YRP野比駅下車 徒歩10分
 地図
白髭神社
白髭神社
 祭神は、猿田彦命(さるたひこのみこと)。日本創生のころ、天孫降臨の際に、天津日高日子番能邇邇藝命(あまつひだかひこほのににぎのみこと)を先導したと言われています。道案内、道中安全の神様です。
 創建年代は不詳です。大和・西国との往来がさかんとなった時代、近江の白髭神社の祭神を勧請し、波の荒い千駄ヶ崎の海上安全と、周辺の人々の守護安泰を祈願する社として、当地に祀られたものではないでしょうか。
 社伝によれば、1631年(寛永8年)、菱沼某、同士を募り社壇を富塚山(とがやま)南麓に奉還するとあります。1691年(元禄4年)、菱沼義行が、社倒壊を悲しみ、ふたたび里人とともに再建するとあります。社殿は、はじめは山の頂上あたりにあったようですが、江戸時代初期に、現在地に移されたようです。山頂付近に石窟がまだあるといわれていますが、実際にはないようです。
 1873年(明治6年)6月、村社になりました。この時、天満宮、諏訪明神、貴船明神、子之神社、水神社などが合祀されました。
 毎年7月15日前後の土日を選び、野比全体で例祭がひっそりと行われます。
 野比地区にも、浦賀と同じように虎踊りが伝えられています。伊豆下田の御幸神社の流れで、浦賀とほぼ同じ方法で行われます。虎は一体で、虎を中心に唐人姿(和唐内)にふんした子供、大人たちによって行われます。
 また、社殿背後の富塚山の南麓社業林は、県の天然記念物に指定されています。

三浦半島観光地図:横須賀市野比・富塚山
写真撮影:2006年03月02日

不思議な石 京急YRP野比駅下車 徒歩10分
白髭神社境内 地図
石
 石です。もしかしたら、岩なのかもしれません。
 しめ縄がしてあるくらいなので、なにか由緒正しき石で、神の宿る石なのかもしれません。下の方にぽっかり開いた穴が、なにか意味深です。
 鉢巻きを巻いた魚屋のおじさんのような、そんな印象を受ける不思議な石です。
 人面石なのでしょうか、それとも野比海岸から陸揚げされたものなのでしょうか。
写真撮影:2006年03月02日

在郷軍人の碑 京急YRP野比駅下車 徒歩10分
白髭神社境内 地図
在郷軍人の碑
在郷軍人の碑
 こちらも石です。
 こちらは、在郷軍人のための慰霊碑や、忠魂碑のようなものだと思います。
 日本では明治時代以降、幾多の戦争がありましたが、どの戦争のときに作られたものなのかはわかりません。
 で、でも、石の上に、【奉納】なんて刻まれた石を乗せなくてもいいような気がしますが・・・。石の正面や、下に置くべきでは(^^ゞ
写真撮影:2006年03月02日

大銀杏とイカリ 京急YRP野比駅下車 徒歩10分
白髭神社境内 地図
イチョウとイカリ
銀杏と碇
 碇と神事で、碇シンジです、、、って、そんなわきゃありません。エヴァンゲリオン知ってる人にしか通じないか(^^ゞ
 白髭神社境内には、とっても立派なイチョウの木が所狭しと生えていたのが、とても印象的です。秋になると、ギンナンが実るのでしょうか。
 その中にひっそりとたたずむ、錆びてボロボロになった大きなイカリ。
 これは戦前、アワビ漁の潜水夫が、『大島出し』と呼ばれる暗礁で発見したものです。この暗礁の近くには、大きな伊豆石がたくさん沈んでいるといわれているので、江戸時代に石積船が遭難したのかもしれません。
 江戸(東京)では大きな石はほとんどなかったため、伊豆から石を運んでいました。横須賀造船所も伊豆石で造られています。
 このように、野比近辺の海域では、船の遭難が多かったようです。

身近な植物図鑑:イチョウ(銀杏)
写真撮影:2006年03月02日
メインコンテンツ
家庭の医学
身近な植物図鑑
身近な昆虫図鑑
身近な野鳥図鑑
身近な生き物図鑑
ベランダ園芸
三浦半島観光地図
大人の塗り絵
ゲーム情報局
ショッピング
日記
ブログ
コミュニティー
リンク集
キッズ
ひらがなでひょうじ
スポンサー

瑪瑙真言梵字刻印ブレスレット
決定版・神社開運法
お江戸の意外な生活事情―衣食住から商売・教育・遊びまで (PHP文庫)
お江戸の意外な生活事情
「古事記」を歩く

  野比  
最光寺 そらいろネットホーム 野比海岸
そらいろネット