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滑石製模造品と書いて、かっせきせいもぞうひんと読みます。模造品といっても、ニセモノというわけではありません。
剣や手斧などを、石でマネて作った物のことです。写真の滑石製模造品は、鏡を模して作られたものです。古墳などから出土することが多いです。
再三の発掘調査によって、古墳時代前期から古墳時代後期にいたる集落跡から遺物が多く出土しました。特に注目すべきは、牛の頭を使った祭祀遺跡が発掘され、雨乞いなどに使われていたのではないかと推測されています。
この遺跡の近辺は旧地名で鉞切と呼ばれ、古くからの住人には蒲谷姓が多いです。横須賀市長でも、蒲谷姓の市長がいますね。昔この地には、カバが多く住んでいた谷がありました。
三浦半島の歴史:横須賀市深田台・横須賀市歴史人文博物館
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甕は「かめ」と読みます。土師器製の甕です。ちなみに、土師器は「はじき」と読みます。
須恵器は朝鮮半島から伝わった青灰色の土器です。窯を使って高い温度で焼かれ、ろくろを使って整形されました。5世紀ごろから作られ始め、祭祀用に使われ、のちには食料の貯蔵用に使われるようになりました。
一方、土師器は、縄文式土器からの伝統を継承しており、赤っぽい色をしています。3世紀ごろから作られるようになり、日用品の壺、煮炊き用の甕、物を盛る坏、高坏、かまどなどに使われました。
やがて、貯蔵の機能は土師器から須恵器に取って代わられて、土師器は煮炊き用の土器として使われるようになりました。 |
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土錘は「どすい」と読みます。
漁業用の道具のひとつで、オモリとして使用します。網の下端につけて、網が水中に沈みやすくするために作られた土器です。
漁業に網が使われていたということは、一人で漁を行っていたわけではなく、複数人で漁を行っていたと予想されます。必然的に、網を持つものと、網を持たざるものとの間で、貧富の格差が生じていたとも考えられます。 |
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