|
|
平坂の交番のある交差点の片隅に立っている、道路元標です。大正時代に造られたものです。
その当時、国道31号(現在の国道16号)の終点と、県道横須賀三崎線の起点に置かれたものです。この道標が、周辺各地までの距離を測る基点となっていました。大正時代の道路法によって建てられたものです。
明治8年、太政官の通達によって、各市町村に道路元標が立てられました。多くは木材なので作られましたが、中里村では石材で作りました。皇国地誌によれば、「本村北方往来の七番地にあり」と書かれておりますが、現在の7番地と同一かどうかはわかりません。 |
|
|
裏側には神奈川県と彫られていました。人通りも車通りも激しいので、写真を撮るのが非常に恥ずかしかったです。しかも危険で(^^ゞ。そんなわけで、道路元標が真ん中ではありません。
日本で一番有名な道路元標は、なんといっても日本橋の日本国道路元標でしょう。日本の道路網の起点とされています。
日本橋は現在の東京都中央区の日本橋川の上に架かる橋です。1603年、江戸幕府を開いた徳川家康の全国道路網整備計画にさいして架けられました。1604年には五街道の基点とされました。こうして日本の道路の中心とされました。
現在の日本橋は、東京オリンピックの際に首都高速を造ったので、橋の上には首都高が走り景観はお世辞にも美しいとはいえません。自分自身も行ってみて、ガッカリしました(^^ゞ。首都高を地下に通して景観を回復させようという計画もありますが、5000億円以上かかると見込まれているので、計画は実行されない可能性の方が高いと思います。
|
|
|