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左右対称に立つイチョウの木と、並んで建つ鳥居がとっても特徴的ですね。綺麗なバランスを保っています。
中里神社の「中里」は、昔の地名からとっています。現在の上町が、かつての中里村でした。東中里、南中里、中里、池の端、豊島、豊之坪をあわせて、中里村になります。 |
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正月明けに行ったので、綺麗に装飾がなされていました。大正6年に奉納された手水鉢のようです。佐倉屋と彫られてありました。汐入の交番の前に佐倉屋っていうそば屋があるみたいですが、そこのことかな? |
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祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)です。古事記では宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、日本書紀では倉稲魂尊(うがのみたまのみこと)と表記します。稲荷神社の神様で、穀物の神様になります。中里神社の始まりが、稲荷社だったからだと思われます。このあたりの地名も、稲荷谷戸と呼ばれていました。
文化14年(1817年)の建立です。明治13年に村社となり、明治40年、無格社となり、神明社と改称されます。この時に、祭神に天照大御神が加わりました。明治41年1月、本殿を改築し、明治42年以降、中里神社と改称されました。 |
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正月明け直後だからかな。注連縄飾りがしてあり、いろいろなお供え物や、寄付の奉納者の名前が張られていました。
神社の縁起を開設した木札が立てられているんですが、文字がかすれてしまってほとんど読めません(T_T) |
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ここの神社にもあるかなーと思って探してみたら、やっぱりありました。庚申塔です。
かなり風化が激しいですね。上部は欠損しているし、台石がなく、どこからか持ってきたものをここに置いたっていう感じがします。
主尊は青面金剛だと思います。雲の上に乗っているように見えるんですが、たぶん、邪鬼を踏みつけているのだと思われます。その下には、三猿ですね。 |
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岩屋の中にある稲荷社です。
古い時代の中里神社の姿だと思います。さすがにブロック塀であったりとか、ここまで正確に造られた社ではないと思いますが、岩穴の中に稲荷社を作ってお祭りしていたのが、中里神社の始まりでしょう。
本殿は文化14年(1817年)、名主や地頭の肝いりで造営されたのが始まりといわれています。地元の人々によって作られた、小さな神社だったようです。
祭神はもちろん、倉稲魂命です。 |
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神社にある古井戸と聞くと、現代と戦国時代とを行き来することのできる井戸なのかなって思ってしまうかな?この井戸、今でもちゃんと使えるんですよ。
お正月のお水取りでは、この水をくむために、遠方から来る人もいます。
僕が行ったのはお正月明けだったので、水を手に入れることはできませんでした。 |
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