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交番の裏側にある公園、安浦公園です。ホームレスの方が何人か住まわれているようなので、なかなか思うように写真が撮れませんでした。ここ数年、横須賀にはホームレスの方が増えてきたような実感があります。
大規模な埋め立てが行われなくなってしまいましたが、この近くに安浦港がありました。安浦港は、別名を「重箱」、または「重箱海岸」と呼ばれていました。当時としては近代的な船着場でした。
私が幼少の頃、この港は釣りのポイントのひとつで、何度か釣りに行ったことがありました。すぐ近くに釣り道具屋もあり、そこでエサを購入して釣りを楽しんでいました。しかし、いつの間にかフェンスが張り巡らされ立ち入ることができなくなってしまいました。
安浦という地名は、明治時代初期に横須賀製鉄所ができ、海軍工廠となり、周辺は急速に発展をしていきました。その時、安田財閥の安田保善社が大正初期に周辺海岸を埋め立て、安田財閥の「安」と、港の意味を持つ「浦」を合わせて「安浦」と名付けられました。 |
| 撮影:2006年12月13日 |
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安浦町埋立地殉難供養塔 |
京急県立大学駅下車 徒歩5分
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大正時代の安浦埋め立て工事は、当時としてはとても大規模で犠牲者も多く出ました。その霊を慰めるために建てられたのが、この供養塔です。
人力が主体の作業であったため、17名の犠牲者が出てしまいました。
碑文によれば、田村清次郎、新倉太七、大島彦三郎、大鳥岩吉、坂本ウラ、佐藤喜代志、菊田八郎、清水よし、加藤秋造、六間堀安夫、六間堀国夫、貫井松之助、三谷米吉、荒川忠雄、草野福太郎、立林勇三、銚子定吉の17名です。
女性が2名含まれているようです。女性も男性と同じように働いていたのかもしれません。
苗字に統一性がなくバラバラなので、横須賀の人だけではないようです。 |
| 撮影:2006年12月13日 |
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カラスとハトがたくさんいました。ホームレスの方がエサをあげてペットとして飼っているようでした。
いくつかの遊具などもありますが、あまり使われていないようです。近くにもっと綺麗な公園があるので、ここの公園はあまり利用されていないようです。てか、ホームレスの方が住んでいる公園では、子供は安心して遊べないですよね。
身近な野鳥図鑑:ドバト
身近な野鳥図鑑:ハシボソカラス |
| 撮影:2006年12月13日 |
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