このどぶ板通り商店街に延命地蔵が祭られたのは、1923年(大正12年)の関東大震災の後です。きっと、この鉄の扉の向こう側に本物の延命地蔵尊が祭られていると思います。普段は見ることができないのかもしれません。
元々、現在の汐入小学校付近にあり、洞ノ口地蔵(どうのくちじぞう)と呼ばれていました。このあたり一帯は海に突き出した険しい地形で、交通路といえばわずかに山すそをぬって造られた細い道だけがだったようです。そのため、この付近に下町と結ぶ素掘りのトンネルが造られました。
しかし、トンネルが祖末で不完全なものだったことから、出水や地震などによってたびたび落盤事故を起こし、通行人からも多くの怪我人を出したといいます。
そこで周辺の有志の発案によってトンネルの入り口に地蔵を祭り、通行の安全祈念をすることになりました。トンネルのそばに祭られたことから「洞ノ口地蔵」と呼ばれていました。明治の中頃までは、この付近を洞ノ口あるいは堂ノ口と呼ばれていました。 |
写真撮影:2007年11月04日 |
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