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横須賀市・三浦市でデパート・百貨店といえば、間違いなくさいか屋です。以前はマルイもあったけど、潰れちゃったし・・・。横須賀市の商業施設は、潰れるとパチンコ屋が進出してきてしまいます。そのおかげで現在ではすっかり、パチンコ屋の町となってしまいました。
雑賀衆の末裔とされる創業者・岡本伝兵衛が1872年10月3日に創業しました。
雑賀衆とは、戦国時代に紀伊国北西部の雑賀荘を中心とする一帯(現在の和歌山市雑賀崎)の諸荘園に居住した国人・土豪・地侍たちの結合した集団です。雑賀党とも呼ばれます。16世紀当時としては非常に多い数千丁単位の数の鉄砲で武装し、きわめて高い軍事力を持って傭兵集団としても活躍しました。横須賀市内では現在でも馬堀町周辺に雑賀衆の末裔の人々が多く住んでいます。 |
写真撮影:2007年11月04日 |
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さいか屋が改装されて一番最初に驚いたのが、この回転扉。初めての回転扉だったので、なかなかうまく通れなくてさー。何度、扉の回転を止めてしまったことか・・・(^^;)
2004年に六本木ヒルズ森タワーの回転扉で男の子が挟まれて死亡してからは、回転扉の感度が上がったような気がします。今まで以上に止めてしまうことが多くなったような気がする。
1956年(昭和31年)、川崎店に進出と共に本店も横須賀から川崎に移されました。
1974年(昭和49年)4月、横須賀店建物増築工事を行い、地下2階、地上8階の商業ビルが完成し、店舗延面積21,922u(売場面積14,761u)となりました。
1990年(平成2年)3月、隣接地に延床面積26,984u(店舗面積14,356u)を新築し、横須賀店新館として開業しました。大通
り館と合わせ店舗延面積28,259u(売場面積26,714u)となりました。
1990年(平成2年)10月、新館の隣接地にレストラン街・各種サービス・集会・文化ホールなどを中心としたコミュニティー館(延床面積7,906u)として南館を開店しました。 |
写真撮影:2007年11月04日 |
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子供の頃、親の買い物に付き合わされて行ったことがあるんですが、ヒマなので商品を見ていると、「買わないんならあっちに行きな」と、何度も店員に怒られた記憶があります(^^;)
大人になり就職が決まってネクタイを買いに行ったら、ネクタイ売り場の店員が話しかけてきて、非常にオヤジ臭いセンスのないネクタイばかりを勧めてきたのには驚いた経験があります。じいさんじゃないんだから、そんなデザインのネクタイ、買うわけないだろー!
こんなんだから、経営が傾くんだよねー。
2009年(平成21年)8月4日、事業再生ADR(裁判外紛争解決)手続を行うと決定しました。今後も百貨店の運営は継続することになっています。
2009年(平成21年)8月28日、親会社である雑賀屋不動産が特別清算を開始しました。
さいか屋は営業不振から2009年2月期決算で26億円の純損失を計上。2009年1月には京浜急行電鉄を引受先として第3者割当増資を実施、3月には希望退職の募集を行うなど資本増強と経費圧縮を進めていましたが、5月末時点で自己資本比率は8.7%にまで低下し、288億円の負債が経営を大きく圧迫し、私的整理手続きを余儀なくされました。
さいか屋横須賀店も閉店しちゃうのかなーと心配です。これ以上、パチンコ屋が増えて欲しくないので、なんとか頑張って欲しいです。 |
写真撮影:2007年11月04日 |
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