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JR鎌倉駅と江ノ電鎌倉駅の駅舎は隣接しています。住所で言えば、JR鎌倉駅は小町一丁目、江ノ電鎌倉駅は御成町1番地になります。東口は混雑しているので、西口から降りました。
1889年(明治22年)6月16日、鎌倉駅が完成しました。同時に逗子駅、横須賀駅も開設され、横須賀線が開通しました。
1872年(明治5年)10月14日、日本最初の鉄道が新橋〜横浜間に開通しました。1887年(明治20年)7月、横浜〜国府津間に鉄道が開通し、その2年後に横須賀線が開通しました。
1886年(明治19年)6月ごろから、国防上緊急を要するとして陸軍大臣大山巌(おおやまいわお)、海軍大臣西郷従道(さいごうつぐみち)の連署で、総理大臣伊藤博文(いとうひろぶみ)に横須賀線開通を要請しています。
三浦半島の歴史:逗子市逗子・JR逗子駅
三浦半島の歴史:横須賀市東逸見町・JR横須賀駅 |
| 撮影:2007年02月28日 |
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待ち合わせには最適ですね、時計台のある公園。時計台の直下にすれば、初対面の人でも間違いなく会うことができると思います。
1984年(昭和59年)の駅舎改築の際、市民の要望により残される事になった鎌倉駅の時計塔です。鎌倉駅のシンボル的存在で、現在の駅舎でも東口には時計塔が設置されています。
建設時、東海道線建設に主力が注がれていたため資金繰りができず、東海道線建設費から45万円を一時流用することに、工事が着工しました。1888年(明治21年)1月に起工し、翌年には完成しました。建設費は40万9480円でした。
横須賀線開通当時は大船〜横須賀間を1日4往復し、所要時間は約40分でした。翌年1月1日より所要時間は約35分に短縮され、1日6往復になりました。公衆電報の取り扱いも行っていました。
当初の軍の要請では横須賀市内を通って観音崎まで伸ばすことになっていましたが、費用がかかりすぎるとのことで中止になりました。
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| 撮影:2007年02月28日 |
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人力車夫は女性に対してはしつこく声を掛けるのに、男性に対してはこのように背を向けます・・・。鎌倉の玄関口、鎌倉駅に立つ非常に失礼な人力車夫です。
女性を乗せているときはとても冗舌で、ディープインパクトのように飛ぶように走っていました。。あんまり浮かれてると、車に轢かれるぞ(^^ゞ
1916年(大正5年)9月には複線化し、11月に鎌倉駅舎が改築されました。当時はまだ駅周辺には水田が多かったため、その中に建つモダンな建物は大変目立ちました。1925年(大正14年)12月には、電気列車が導入されました。1930年(昭和5年)3月、初めて電車運転になりました。1984年(昭和59年)10月、3代目の現在の駅舎に改築されました。
1936年(昭和11年)の1日平均乗降客数は15000人でしたが、2006年の1日平均乗車人員は38737人になりました。 |
| 撮影:2007年02月28日 |
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