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長沢海岸の名物と言っても良いかもしれません、砂の流出防止用に作られたテトラポッド群です。中には水没してしまったテトラポットもありますが、多少の効果はあるのでしょうか、野比海岸に比べると浸食は少ないような気もします。
砂浜の浸食が始まったのは、久里浜の東京電力火力発電所建設のための埋め立て工事に起因するといわれています。その結果、潮流が変わり、砂浜が浸食されるようになってしまったとのこと。
東京湾へ流れ込む海水の通り道なだけに、埋め立て工事の影響を大きく受けてしまったのかもしれません。
世界的に砂漠化が叫ばれていますが、砂漠の砂を輸入して、代わりに乾燥に強い樹木の苗を輸出するといったようなことはできないものなのでしょうか。
三浦半島の歴史:横須賀市久里浜・横須賀火力発電所
三浦半島の歴史:横須賀市野比・野比海岸 |
| 撮影:2007年01月19日 |
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長沢海岸も野比海岸同様に、海岸通り公園が作られています。高波などの被害を受けることも多いため、通れるときと、通れないときとがあるみたいです。
手前に見える四角いのは、長沢川の河口部分になります。水量は少ないけれど、またいで渡るには僕の足の長さでは不可能でした。
その奥に海に突き出た消波ブロックがあります。砂の流出を防ぐために作られたものだと思います。
そのさらに奥、海上に浮かぶ小島は、漁港だったかな?行ったことがないので良くわかりません。陸地と繋がってるのかな?
三浦半島の歴史:横須賀市野比・北下浦海岸通り公園
三浦半島の歴史:横須賀市長沢・長沢川 |
| 撮影:2007年01月19日 |
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長沢の七桶(ななおけ)の里と呼ばれるところに、欲の深い老婆と与助という漁師が住んでいました。
不良続きであえいでいた年の瀬、与助は小舟を出して沖に向かうと、大きなタコを見付けました。あまりに大きさなので、足1本で桶いっぱいとなりました。与助と老婆は他の漁師には告げず、毎日密かに足を1本ずつ切り落として売り歩きました。
そして、いよいよ8日目。最後の1本を切り落とそうとしたとき、今まで身動きひとつしなかった大蛸が激しく暴れ出し、1本の足を巻き付けて、与助を海中深く引きずり込んでしまいました。
それ以来、その岩を七桶の岩と呼んで恐れ、7つの桶しか取れなかったことから、七桶の里と呼ぶようになったそうです。
欲深い人は、いつか報いを受けるということですね。それとも、長沢近辺には自分だけとくをすればそれでいいという欲深い人が多く、それを戒めるために作られた伝説なのかもしれません。
同じ伝説は葉山町の森戸、三浦市の小網代にも同様の伝説が伝えられています。ありがちな伝説だよねーとか言わないように(^^ゞ |
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