三浦半島身近な図鑑 > こころコミュニティー > 誕生日・誕生花・誕生石占い > 12月29日生まれ
運命に選ばれた、みんなのリーダーです。 それほど野心があるわけではないのに、なぜかグループ内で責任のある地位に就くことになってしまいます。人を統率するよう、運命づけられているようです。 どんなことでも容量を掴むことが上手で、抜群の指導力を持っています。 リーダーとしての素質がある人は、次第に重要な立場で役目を果たしていくようになります。 伝わらないユーモアを繰り返す、独りよがりの皮肉屋です。 細かなところで不注意や傲慢さが目立ち、しょっちゅうボロを出しています。 分別に欠けているため、軽い冗談のつもりの発言であっても、相手にとっては強烈な皮肉になっているので、うっとおしがられています。
外見や声の響きに、人の心を惹きつけるパワーがあります。 好きな相手に気持ちを伝えようと決意しても、成功率は高めです。 駆け引きの才能には恵まれていないので、ストレートな告白が功を奏します。
仕事でもリーダー役を任されますが、義務感だけで引き受けると失敗のもとです。
ストレスをため込みがちです。 内臓や循環器系に、悪影響が出てしまいがちです。
ニゲラ(Devil in a bush)。
かなわぬ想い。
キンポウゲ科の一年草です。 ひょろっと伸びた細い茎に、霞のような青紫色の花をほのかに咲かせます。 種子は甘い香りを放ちます。昔はこの種子で、ケーキの香り付けをしました。 地中海地方原産の植物です。和名は、クロタネソウです。
生真面目すぎる堅物です。 恋愛では、真面目な堅物が好きだという人が、少なからず存在するようです。 諦めないようにしましょう。
トルコ石のスカラベ(Turquoise scarab)。
復活、生命力。
太陽神ラーを背に描かれる、古代エジプトの天空神ヌート。天界の女王で、神々の母と呼ばれ、ギリシャ神話のアフロディーテに当たる、愛と喜びの女神ハトルに捧げる日です。 天界の女神たちは、創造と復活のシンボルであるスカラベに見ることができます。スカラベとは、コガネムシの一種で、フンコロガシのこと。球状のフンの中に卵を産み付けて後ろ足で転がし、自分の巣に運ぶ姿が、太陽を抱いているように見えることから、太陽、生命を生み出す力、永遠に繰り返される再生の象徴として、崇拝の対象となっています。装飾品や壁画にも描かれ、ミイラとともに埋葬され、多くの出土品とともに発掘されます。素材はトルコ石、クォーツ、ラピス・ラズリ、陶器など、多種多様です。
トルコ石と呼ばれていますが、トルコからは産出されず、イラン、エジプト、アメリカなどから算出されます。 かつてシナイ半島からトルコを経由してヨーロッパに伝えられたことから、トルコ石と名付けられました。 10段階で表示されるモース硬度は、5〜6あります。 熱には注意してください。色変化や、割れの原因になってしまいます。 スカラベに彫刻され、裏面には王、所有者の銘文、呪文が彫られます。
成功願望が強く、勝気な性格です。 思慮深く慎重派の、現実主義者です。感情や欲望にうつつを抜かさず、冷徹です。 しかし冷静さは、ビジネスの世界だけにした方が良さそうです。恋人と過ごす時間は、思い切り甘えてみるのも良いでしょう。 不安になったときは、自然の生命力を生み出し、活力を与えてくれると信じられてきた、トルコ石のスカラベをお守り代わりにしましょう。
1932年、奥田碩(実業家) 1932年、三遊亭圓楽(落語家) 1948年、Mr.マリック(マジシャン) 1952年、浜田省吾(歌手) 1954年、高円宮憲仁親王(皇族) 1956年、桜金造(タレント) 1958年、早乙女愛(女優) 1960年、岸本加世子(女優) 1961年、越前屋俵太(タレント) 1964年、鶴見辰吾(俳優) 1969年、加勢大周(タレント) 1979年、押切もえ(ファッションモデル) 1981年、荒川静香(フィギュアスケート選手) 1989年、錦織圭(テニス選手) 1994年、佳子内親王(皇族)
●ラジオの特許 1891年(明治24年)。トーマス・エジソンが、ラジオの特許を取得しました。 ●清水トンネル貫通 1929年(昭和4年)。1922年(大正11)年5月に工事が着工された上越線の清水トンネル。1929年(昭和4年)午後2時5分20秒、ダイナマイトの轟音が響き、最後の壁が取り払われました。全長9702mで、当時は世界最長のトンネルとなりました。 ●出生届の人名が当用漢字に限定 1947年(昭和22年)。人命が当用漢字に限定されたため、難解な感じの名前が減少しました。 ●イギリスで性差別禁止法を施行 1975年(昭和50年)。前年の7月にアメリカで制定された男女教育機会平等とともに、以後の目覚ましい女性の社会進出のきっかけとなりました。 ●シャンソンの日 1990年(平成2年)。1990年(平成2年)の今日、戦後のシャンソンブームを支え、数々の名曲を生み出した銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」が、約40年の歴史に幕を閉じました。最後のショーは、銀巴里で多くのステージを重ねてきた、美輪明宏になりました。シャンソンを映画程度の料金で楽しんでもらいたいとの理由から、消費税を取らず、コーヒー付きで1800円で頑張ってきましたが、地価高騰に勝てませんでした。シャンソンのライブの本拠地と言える場所を失い、ファンも出演者も涙を流しました。日本からシャンソンが消えたわけではなく、シャンソニエたちのライブは現在も行われているので、一度は数々の名曲をじっくり味わってみてはいかがでしょうか。