そらいろネット > 三浦半島観光地図 > 横浜市 > 瀬戸 > 琵琶島神社
平潟湾に浮かぶ、竜宮城のような島、琵琶島です。前を通り過ぎたことは何度もあるんですが、中に入ったのは初めてですねー。 石垣や浅瀬には、たくさんの牡蠣殻がありました。何か採っている人もいたんですが、なにか採れるのかな?釣りエサかな? 琵琶島は島の形が琵琶に似ていることから、琵琶島と呼ばれたといわれています。 琵琶島には北条政子が近江(滋賀県)の竹生島から勧請した弁天が祭られています。 もとは瀬戸神社前面の海中にあり、2つの島を橋で結んでいましたが、現在は陸続きとなっています。
琵琶島神社の入り口。入るのがちょっと恥ずかしい(^^;) 参堂両側の枯れ木は、柏槙(びゃくしん)の銘木です。延宝年間の高潮で冠水して立ち枯れたまま、腐食することなく300年前の古い趣を今に残しています。 祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)です。 源頼朝の御台所、北条政子が深く信仰していた近江国(現在の滋賀県)の竹生島弁才天を勧請し、瀬戸神社社頭の海中に島を築いて祭ったと伝えられています。
琵琶島にはちゃんと神社の御社が建っていました。後ろにはシーサイドラインの金沢八景駅が見えます。平潟湾を背景に建っているわけじゃないんですねー。 島の形から琵琶島弁才天とも呼ばれました。室町時代には、船寄弁財天とも呼ばれています。ご神体が立像であることから、北条政子の出世にちなんで、江戸時代には立身弁才天として信仰を集めました。 毎年、5月15日に祭礼が行われます。瀬戸神社例大祭に引き続いて、神輿を琵琶島に渡し、社前で神楽が奏されます。
琵琶島神社は横浜金沢七福神のひとつだったんですねー。まったく知りませんでしたー。弁財天になるようです。 金沢八景の名前の由来は、1694年(元禄7年)、中国の詩僧、心越禅師がこの地に来遊して、釜利谷能見堂から眺めて、八景を吟じたものと伝えられています。 その以前から、金沢六浦の地は、浦波島山のさまが千変万化に見えて、鎌倉幕府の武将や町民の慰安の場所でした。
なんか漢字がズラズラと並んでる石碑。読めない・・・(^^;) ここは金沢八景のひとつである「瀬戸の秋月」の夜景を今に伝えるところです。
野島山の沖には、夏島、烏帽子岩、猿島が点在し、内川の入り江や、泥亀町の内海、四石、七井、八名木、他にも神社、寺院が適所に配置され、今から数十年前までは、景勝の地でした。
ただの岩石ではありません。ちゃんと由緒正しき、岩石なんです。 源頼朝が琵琶島神社を参拝に来たとき、この石に服を掛けて、海水で祈祷したので服石とも呼ばれています。 昔からこの石の前で物を拾うときは、福を授かるといわれ、福石とされています。 金沢四名石のひとつです。 もちろん僕もこの岩に上着を掛けて、願掛けしました。由緒ただしき岩に服を掛けるのって、失礼なんじゃないかなーって抵抗がありましたが・・・ 願掛けが終わると、服を取るふりをしてわざとらしく落とし、拾い上げる。こうして、ダブルで福をいただきました(^ω^)