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脳梗塞(のうこうそく)は、脳の血管が詰まったり、何らかの原因によって脳の血液のめぐりが正常の5分の1〜10分の1まで低下し、脳組織が酸素欠乏や栄養不足に陥り、その状態がある程度の時間続きます。その結果、酸素や栄養の不足した脳組織が壊死(梗塞)してしまったものをいいます。
脳梗塞は、以前は以下の2つに分類されていました。 血管が動脈硬化によってだんだんと細くなり、最終的には詰まってしまう脳血栓症(のうけっせんしょう)。睡眠時、起床時など安静時に発作が起こる傾向があります。発作は数時間〜数日かけて次第に強まることが多いです。 そしてもうひとつは、どこかにできた血栓がはがれて、栓子(せんし)となって脳に流れてきて詰まってしまう状態の、脳塞栓症(のうそくせんしょう)に分類されていました。発作は急激に起こり、数分で重篤な状態になることが多いです。
最近では予防的な立場、脳梗塞が起きた直後の治療の面から、脳梗塞を以下の3つに分類するようになってきました。
アテローム血栓性脳梗塞とは、脳、頸部(けいぶ)の比較的太い血管の動脈硬化が、加齢、高血圧、糖尿病、高脂血症などによって起こります。 動脈硬化が起きた部位で血管が詰まってしまったり、血流が悪くなったり、そこにできた血栓がはがれて流れていき、さらに先端の脳の血管の一部に詰まってしまう状態です。
脳以外の部位に発生した血栓、細菌、腫瘍、脂肪、空気などが血液中を流れてきて、脳の動脈にひっかかって詰まらせるのが脳塞栓症です。 心原性脳塞栓症とは、心房細動(しんぼうさいどう)、心臓弁膜症(しんぞうべんまくしょう)、心筋梗塞などのために心臓の中に血栓ができ、その血栓が脳に流れてきて詰まった状態です。ほとんどが心臓に発生した血栓が原因となり、その中でも心房細動がもっとも多いです。 心臓のはたらきが低下すると、心臓に血栓が生じやすくなります。また、細菌性心内膜炎で心臓内に細菌の感染病巣があると細菌の塊がはがれて流れてくることもあります。 ガンなどで身体が弱っている人、血液が固まったり溶けたりするシステムに異常をきたし、心臓に血栓を含んだ異物の塊が発生しやすくなります。これを非細菌性血栓性心内膜炎と呼びます。この異物が流れて脳動脈にひっかかり、脳塞栓を起こし、はじめてガンの存在がわかる場合もあります。
ラクナ梗塞とは、おもに加齢や高血圧などが原因で、脳の深部にある直径0.5mm〜0.3mmの細い血管が詰まります。その結果、直径が15mm以下の小さな脳梗塞ができた状態です。
日本では現在、脳卒中の約75%が脳梗塞です。 またその内容を調査すると、以前は日本の脳梗塞の約半分を占めていたラクナ梗塞が少しずつ減少傾向にあります。代わりに、アテローム血栓性脳梗塞、心原性脳塞栓症が増加傾向にあります。
脳梗塞を起こしても、詰まった血栓が自然に溶けて、再び血液が流れ出すことがあります。 脳の血管が詰まってもすぐに血栓が溶けて流れてしまえば、現れていた症状が劇的に良くなることもあります。詰まってから6時間以上たって再開通が起こると、閉塞されていた部位から先の動脈は、その間、血液が途絶えていたために障害を受け、血流が再開すると、弱った動脈壁から血液がにじみ出て脳の中に出血します。この状態を出血性脳梗塞と呼びます。 心原性脳塞栓症が発症して数日後に多くみられます。 落ち着いていた脳梗塞の病状が急に悪化したときは、出血性脳梗塞の可能性があります。しかし症状が軽く、変化がないこともあり、CTやMRIなどを行わないと診断ができません。
脳梗塞が起きやすいのは、高齢者です。また、女性に比べて男性に多い傾向があります。 その他の危険因子として、高血圧、糖尿病、高脂血症、心臓病、ストレス、喫煙、大量飲酒、脱水、肥満など、いずれも生活習慣に関係したものです。
脳梗塞の予防は、まず生活習慣を正すことです。 かかりつけ医の指導に従って、治療すべき生活習慣病を早めに治すように努力することが大切です。
脳梗塞の典型的な症状には、意識障害、片麻痺(かたまひ)、片側の手足や顔面の感覚障害、言語障害、失語症(しつごしょう)などがあります。 片麻痺とは、片方の手足の麻痺のことです。ときには片側の手、あるいは足だけ動かなくなる単麻痺もあります。また、両方の手足がすべて動かなくなった状態を四肢麻痺と呼びます。 失語症とは、考えても言葉が出なかったり、相手の言っていることが聞こえても理解できない状態のことをいいます。
脳に血液を供給している動脈系には、左右2本ずつの内頸動脈(ないけいどうみゃく)と、椎骨動脈(ついこつどうみゃく)の2系統があります。 内頸動脈は、大脳半球に血液を供給している動脈系で、頭蓋内に入った後、前大脳動脈と中大脳動脈の2本に枝分かれします。 左右の椎骨動脈は、合わさって1本の脳底動脈(のうていどうみゃく)となり小脳や脳幹部に血液を供給したあと、枝分かれして大脳半球に入り後大脳動脈になります。 脳梗塞は、これらの動脈系のどこが詰まったかによって、さまざまに異なった症状が現れます。
内頸動脈のうち、脳梗塞が起こりやすいのは中大脳動脈で、前大脳動脈だけに梗塞が起こるのは比較的まれです。
内頸動脈が閉塞したときは、以上の3つによって、症状がほとんど現れない場合から、重篤な場合までさまざまです。 中大脳動脈のうち、脳の深部へ血液を供給している細い動脈(穿通枝)が詰まったときは、詰まった側と反対側の顔面や手足の麻痺、触覚や温痛覚の低下や過敏などの感覚障害が起こります。 脳の表面(皮質)に血液を供給している動脈(皮質枝)がおもに詰まったときは、麻痺や感覚障害が出現しますが比較的軽く、障害された側の大脳半球やその部位によって、さまざまな高次機能の異常が現れます。 言葉が出なかったり、会話の理解ができない失語症、やろうとしている動作や行為もわかっているのに行うことができない失行、日常使っている物や良く知っている人の顔がわからなかったり、詰まった側と反対側の空間にある物すべて無視する失認、字が読めない失読、字が書けない失書、障害された側とは反対側の視野が見えなくなる視野障害などの症状があらわれます。 中大脳動脈の根元が詰まったときは、穿通枝も皮質枝も共に障害を受けることが多く、意識障害が強く出現して、脳が腫れ上がる脳浮腫を起こし、死亡したり、後遺症が強く残る場合もあります。 細い脳血管である穿通枝の梗塞は、ラクナ梗塞と呼ばれ、欧米人に比べて日本人に多く、予後は良好です。 皮質枝にも及ぶ太い脳血管に起こった脳血栓はアテローム血栓性脳梗塞と呼ばれ、人種や食事の違いから欧米に多く、予後はさまざまです。 心原性脳塞栓症は、皮質枝の梗塞が多く、脳血栓よりも重症のケースが少なくありません。
めまい、吐き気、嘔吐、頭痛、ろれつが回らない、飲み込みにくいなどの症状のほか、手足の麻痺、力は入るのに手足が思い通りに動かず立ち上がれない失調症、動かそうと思わないのに手足がひとりでに動いてしまう不随意運動、口の周り・手の先・半身の感覚が鈍くなったり過敏になる感覚障害、片側の視野が見えなくなる視野障害などが現れます。 脳底動脈の広い範囲に梗塞が起こる脳底動脈血栓症、生命中枢のある脳幹部が障害され、意識障害に加えて両方の手足の麻痺が現れます。その後、呼吸状態が悪くなり、重篤な病状になります。
脳梗塞では、健忘症、同名性半盲(どうめいせいはんもう)、物が二重に見える複視、ふらつき、嚥下障害(えんげしょうがい)などだけのこともあります。 同名性半盲とは、両眼とも視野の半分だけが見えなくなる状態です。
少し太り気味の赤ら顔をした65歳の男性会社員。 会社の健康診断で以前から血圧が高く、コレステロール値も高いと言われていましたが、『自分は大丈夫』と治療には熱心ではありませんでした。 3年前の健診で心房細動(しんぼうさいどう)を指摘されてから多少お酒を控えるようになりましたが、タバコは1日約30本吸っていました。血圧の薬も飲んでいましたが、心原性脳塞栓症予防のために抗凝固薬を飲むように医師からアドバイスされていました。 『毎日薬を飲み、1ヶ月に1回、必ず診察を受けないければいけないのは面倒臭い』と、定期的には通院していませんでした。
病気が起こる前日、少しお酒を飲みました。翌朝目が覚めると右側の手足がまったく動かず、口をきこうにも喋ることができないことに本人も家族も気が付き、すぐにかかりつけ医に連絡しました。医師の指示で救急車を呼び、近くの総合病院に入院。 病院ですぐにCTを撮りましたが、病変は出ませんでした。脳梗塞の病変は、CTでは発症24時間後でないと見付けられないことがあります。脳出血では必ず病変が出るため、脳梗塞が脳出血かの区別ができます。 MRIと血管撮影で左の中大脳動脈という太い血管が詰まっていることが確認できました。検査が終わったのはすでに昼過ぎ、発症から6時間以上経過してしまいました。
抗脳浮腫薬、神経保護薬を使って治療を行いました。翌日、麻痺だけはかなり改善し右手足は動かせるようになりました。しかし、思ったことが言えない失語症はまったく改善しない状態が続きました。 心房細動によってできた血栓が塞栓となって左中大脳動脈を塞いだ心原性脳梗塞の典型例です。 初期症状では左大脳の運動神経と言語中枢が侵され、片麻痺と失語症が現れました。運よく塞栓が少しだけ部分的に壊れ、詰まった場所がずれたので麻痺症状は良くなったものの、失語症は改善しませんでした。
失語症はリハビリテーションなどで改善することもありますが、この患者さんの場合、6ヶ月経過しても症状はあまり改善されませんでした。
近年では脳の検査法が進歩し、脳卒中ではCTやMRIを使うことで早期に確定診断できるようになりました。 脳梗塞の患者さんのMRI画像では、発症して数時間以内でも診断することが可能です。しかしCT検査では、何も異常を見付けることができないこともあります。CTで脳梗塞がはっきりしてくるのは、発症して24時間後になります。
診断・検査だけでなく、治療法も進歩しています。詰まってしまった塞栓を溶かしたり、梗塞の中心部や周辺部に生じるフリーラジカルという有害物質を除去する薬も開発されています。 脳梗塞の中心部は、血管が完全に詰まるとその先は約1時間で梗塞になってしまいます。しかしその周囲のペナンブラと呼ばれる部分は、1時間〜数時間はまだ生きていて、早めに適切な治療が行われれば機能を回復させることも可能です。しかし治療開始が遅れると、周囲の組織も次第に壊死していき、1本の血管が詰まっただけなのに時間と共に梗塞は少しずつ大きくなっていきます。
詰まってしまった塞栓を溶かすのも、詰まってすぐなら効果がありますが、3時間〜4時間以上かかってしまうと、詰まった塞栓を溶かしても、壊死に陥り梗塞した組織に大量の血液が入り込むので、部分的に出血を起こして出血性梗塞になることもあります。 脳梗塞ではできるだけ早く、できれば発症してから3時間以内に治療が開始できるように、すぐに専門医のいる病院を受診できるように患者さんを移送します。
発症したばかりの脳梗塞の治療法は、内科的な薬物療法が主体となります。 2005年(平成17年)から、公的医療保険が適用となった血栓溶解薬t-PA(アルテプラーゼ)の静脈注射は、発症後3時間以内であれば治療効果が期待できますが、使用基準を守らないと脳出血のおそれがあります。 脳外科の手術が有効なのは、小脳という部分の大きな梗塞、大脳全体が梗塞のために膨れ上がって生命の危険がある場合だけです。
治療薬には脳のむくみをとる抗脳浮腫薬(こうのうふしゅやく)、血栓溶解薬(けっせんようかいやく)、、血栓が心臓側に向かって延びたり再発を防ぐための抗血小板薬(こうけっしょうばんやく)・抗血栓薬、フリーラジカルなどの有害物質を除去する脳保護薬などがあります。 これらの治療薬は、専門医によって使用されます。
現在、設備の整った専門病院に早期に入院することができた患者さんでは、脳梗塞発作そのもので亡くなる人は10%以下になりました。 発作を起こした人の約45%が、完全に社会復帰しています。 残りの人は、残念ながら寝たきりになったり、車椅子での生活を余儀なくされたり、何らかの後遺症で悩むことになります。
昔は脳卒中の患者さんの3人に1人は命を落としていました。そして3人に1人が、重い後遺症で悩まされるといわれてきました。以前に比べると、治療成績はかなり良くなっています。 しかし死亡しなくても、発症後1年以内に10人のうち1人弱の人が再発を起こしています。再発すると後遺症がより強く残ったり、寝たきり、痴呆などの原因にもなってしまいます。
再発の予防には、高血圧、糖尿病、高脂血症、心臓病、ストレス、喫煙、大量飲酒、脱水、肥満などの危険因子を、あらためて十分に治療する必要があります。 また、アスピリン、チクロピジン、シロスタゾールなどの抗血小板薬を毎日服用することが基本になります。心原性脳塞栓症の再発予防には抗血小板薬よりも、ワーファリンなどの抗凝固薬(こうぎょうこやく)を服用します。 再発予防には、脳梗塞の細かい病型まで、しっかりと診断する必要があります。
本人や家族が何かおかしいと感じたら、1分でも早く専門の医師のいる病院に行くことが大切です。 また、普段の生活から、脳卒中が起きたらこの病院へ、心臓発作が起こったらこの病院へというように、考えておくことが必要です。