曹洞宗のお寺で、菊名山法昌寺といいます。
以前は「潮客寺」といいましたが、一時期、荒廃してしまいました。徳川家康が江戸入府すると、代官に任命された長谷川七左衛門長綱が、逗子の沼間にある海宝院の三世機宗を開山として再興しました。その際に、寺名を法昌寺と改めました。
長谷川長綱は徳川家康の信任の厚かった人物で、三浦半島内には長谷川長綱に関連した史跡や、再興された神社仏閣などがたくさんあります。
本堂裏の岩肌には、方形に掘り込んだやぐらがあります。横穴古墳を再利用した、三浦一族のお墓です。複数の五輪塔が並んでいます。この古墳群は、仲里古墳群とも呼ばれています。 |
写真撮影:2007年08月23日 |
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