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もとは水ヶ浦と呼ばれていた場所で、のちに湊町と呼ばれるようになった場所です。現在は汐入町になっています。 明治時代初期に横須賀が帝国海軍の本拠地となる海軍衣糧科、海軍需品庫などが次々と建設され、1928年(昭和3年)に両者が合体した海軍軍需部が田の浦に移転するまで、ここが海軍の艦船や陸上部隊への軍需品の供給基地となっていました。。 通りに面して商店・旅館・料亭などが建ち並び、とても賑わっていた場所です。 戦後は臨海公園の名称で親しまれてきました。 対岸にはフランス人技師ヴェルニーが建設に貢献した横須賀製鉄所跡地が望め、ヴェルニー・小栗祭が毎年開催されていることなどから、フランス式庭園様式を取り入れた公園として整備を行ってヴェルニー公園が誕生しました。 ヴェルニーと当時の勘定奉行小栗上野介忠順の胸像、広場を中心にフランス式花壇や噴水、洋風あずまやなどがあります。フランスの品種を中心に130種類・約2000株のバラが植栽されています。ボードウォークからは横須賀本港に停泊する自衛隊・アメリカ海軍の艦艇を一望できます。 また、ヴェルニーの功績をたたえたヴェルニー記念館、カフェレストラン・コルセールがあります。コルセールでは横須賀名物のネイビーバーガー、ヴェルニーも食べていたと思われるガレットなどを食べることができます。 1871年(明治4年)から数回に渡って埋め立てが行われました。 1896年(明治29年)、海軍用地となりました。 1923年(大正12年)4月、横須賀海軍軍需部が置かれました。 1928年(昭和3年)9月、軍需部が田浦町田之浦に移転し、海軍工廠の一部と海軍運輸部が置かれました。 1946年(昭和21年)10月、第二次世界大戦が終結し、コンクリートの塀が取り除かれ、2万3600uの臨海公園が誕生しました。 2001年(平成13年)、フランス式庭園様式を取り入れて、ヴェルニー公園となりました。 ヴェルニー公園内には見どころがたくさんあるので、分割したページ。 汐入ポンプ場|ヴェルニー公園|横須賀市汐入町 - 三浦半島の歴史 石碑|ヴェルニー公園|横須賀市汐入町 - 三浦半島の歴史 逸見波止場衛門|ヴェルニー公園|横須賀市汐入町 - 三浦半島の歴史 ベルニー公園内では、さまざまなイベントが行われます。 春のローズフェスタ|ヴェルニー公園|横須賀市汐入町 - 三浦半島の歴史 秋のローズフェスタ|ヴェルニー公園|横須賀市汐入町 - 三浦半島の歴史 空母信濃を偲ぶ会|ヴェルニー公園|横須賀市汐入町 - 三浦半島の歴史 原子力空母の横須賀母港化を許さない全国集会|ヴェルニー公園|横須賀市汐入町 - 三浦半島の歴史
このあたりって、名前がない通路みたいです。 ヴェルニー公園の地図を見ても、ココの名前は書かれてないみたいなので・・・ サクラが咲くエリアなので、桜の広場になるのかも。洋風あずまやや、カリヨン時計があります。 かつて横須賀海軍工廠へと繋がる線路の引込み線がこのあたりにもありましたが、ヴェルニー公園として整備されたときに取り払われてしまったようです。
海沿いに作られたウッドデッキ状のボードウォーク。 木材に詳しい人なら、木材の種類までわかるのかもしれません。私にはわかりませんが。 ボードウォークに沿って歩いて行けば、海上自衛隊の護衛艦や潜水艦、アメリカ海軍の軍艦などを見ることができます。 軍港めぐりに乗ってる人が、手を振ってきたりもしてきます(^^;)